塩〆と昆布〆、焼物における効果とは?
今回から4回にわたってお届けするのは、塩〆、立て塩、振り塩などの塩の効果について。大阪・北浜の日本料理店『弧柳(こりゅう)』の松尾慎太郎さんが農学博士の川崎寛也先生と、様々な食材で実験を行います。初回は、鱧の焼物がテーマ。塩焼きは直前に塩を振るのが一般的ですが、塩〆しておくと食感はどう変わるでしょう? 脱水を促し、身を引き締めるだけでない塩〆の効果を実証します。さらに、昆布〆との比較実験も。焼物における「〆る(締める)」下処理のメリットに迫ります。
文:中本由美子 / 撮影:香西ジュン
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松尾慎太郎さん(大阪・北浜『弧柳』店主)
1975年、大阪府吹田(すいた)市生まれ。調理師専門学校卒業後、法善寺横丁『浪速割烹 㐂川(きがわ)』に入り、12年間、腕を磨く。他ジャンルの料理店でも経験を積んで2009年、北新地にて独立。22年、北浜に移転し、瀟洒な館を新築。大阪産の食材を駆使し、センスある仕事を施した料理を、骨董や現代作家のうつわで提供。持ち前の誠実さと探求心で、新たな大阪料理をコースで提案している。
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川崎寛也さん(農学博士)
1975年、兵庫県生まれ。京都大学大学院農学研究科にて伏木 亨教授に師事し、「おいしさの科学」を研究。「味の素㈱」食品研究所エグゼクティブスペシャリストであり、「日本料理アカデミー」理事。「関西食文化研究会」での基調講演でも活躍している。専門は、調理科学、食品科学など。近著に「おいしさをデザインする」「味・香り『こつ』の科学」(柴田書店)。
「〆る(締める)」ことの意味は?
- 松尾慎太郎(以下:松尾)
- 「塩をする」という魚の下処理を習慣的にやっていますが、その意味を今回はきっちり理解したいと思っています。
- 川崎寛也(以下:川崎)
- 和食には、振り塩や立て塩など「塩をする」手法がいくつかありますよね。下処理の場合は、「塩を回しておく」ワケですよね?
- 松尾:
- そうです。塩を回しておくので、塩〆ですね。
- 川崎:
- 多くの料理人は、脱水を起こして身を硬くするというイメージで「〆る」という言葉を使っているように思います。
- 松尾:
- 身を引き締める、というニュアンスですね。食材の持ち味が凝縮する効果もあると思います。
- 川崎:
- 〆る時に塩を使うか、昆布なのか、酢なのかで、身に起こることは違います。まずは、塩〆のメカニズムを知ることから始めましょう。
塩〆の目的は、脱水と保水
- 川崎:
- では、塩〆のメカニズムを解説しますね。
生の魚介の身に塩をしておくと、表面の塩が溶けて、身の回りに高濃度の塩水ができます。その濃度が魚介の体液の塩分濃度(0.9%)よりも濃いため、身から水分が出ていきます。これが脱水ですね。
- 松尾:
- この脱水によって臭みが抜けるとも言われますよね。
- 川崎:
- 脱水によって、身の細胞から出ていく水分は自由水です。同時に、細胞外液といって筋細胞の外側の体液も漏れ出てきます。そこには、臭みというか、身が持つ香り成分もアミノ酸などのうま味成分も含まれているんですよ。
- 松尾:
- え! ということは、脱水と共にうま味が抜けてしまうんですか?
- 川崎:
- そうです。脱水は浸透圧によって起こります。浸透圧とは、異なる濃度の液体が細胞膜などの半透膜を隔てて接している時に低濃度から高濃度へ水分が移動する現象です。
この現象は半透膜を隔てた両者の水分が均一になるまで起こり続けるので、細胞膜が耐えきれなくなって壊れてしまうんですね。
- 松尾:
- 細胞膜が壊れると、どうなるのですか?
- 川崎:
- 塩分が身に拡散します。拡散は、浸透圧とは逆で、濃い方から薄い方に進みます。すると、魚の筋細胞にある塩溶性たんぱく質が塩によって溶け、水分を抱き込みます。その結果、魚の身は保水されるんです。
- 松尾:
- 塩〆をすると、魚の身には脱水も保水も起こるんですね。
- 川崎:
- 保水される水分は結合水です。魚の身に塩が拡散することによって自由水が結合水に変わり、細胞の中に留まるんですね。
- 松尾:
- 自由水と結合水はどう違うのですか?
- 川崎:
- 自由水は文字通り、自由に動き回れる水。蒸発もすれば、氷結もします。対して、結合水はたんぱく質と結合しているので自由に動けない。100℃でも蒸発ぜず、0℃でも氷結しません。
塩〆した魚は結合水が増えるので、加熱してもしっとりとした身に仕上がるというワケです。
- 松尾:
- 塩〆は脱水しているので、焼物にするとパサパサになるのかと思っていました。しっとり火入れできるのか…。正直、実感がないです。
- 川崎:
- では、実験してみましょう。鱧を塩焼きするイメージで塩を振り、2時間おいておきましょう。
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