ニュースな和食店

大阪『楽心』が移転・拡張。片山心太郎氏が現代数寄屋建築に込めた、日本料理の未来を見据えた店づくり

2013年に大阪・福島区で暖簾を掲げた日本料理店『楽心』。店主・片山心太郎さんは12年目の節目を迎え、大きく舵を切りました。2025年3月、同じ福島区内で移転・拡張オープン。そこには数寄屋造りの様式や精神を継承しながら、現代的な思想を取り入れた、独自の世界が広がります。「48歳になった今、若い頃にできなかったことを具現できたと思います」と話す片山さんの、日本料理の未来を見据えた店づくり・味づくりをご紹介します。

文:船井香緒里 / 撮影:東谷幸一

目次


物件取得から開店まで、構想1年半

大阪福島区、浄正橋の少し南東。細い路地に突如現れる、数寄屋造りの精神を反映させた品格ある佇まい。片山心太郎さん率いる『楽心』の新たな舞台だ。

『楽心』外観 聚楽塗りの壁に、吉野杉を用いた扉の格子戸など、自然素材が織りなす気品が漂う。

「日本料理を世界へ向けて発信したい」と、独自の世界を築いてきた片山さん。伝統を重んじながら、枠にとらわれない想像力を抱き、挑戦し続けてきた。
また、海外からの研修生の受け入れや、異国の地でのシェフ・コラボレーションも積極的に行なうなど、その勢いはとどまるところを知らない。

若かりし頃の意欲はそのままに、築き上げた新たな舞台は、圧倒的だった。

新店舗のデザイン監修には、現代数寄屋建築を標榜する、梅田宗春氏(梅田工務店)を迎えた。梅田氏は普段、店舗設計はしておらず、寺や茶室、住宅などを手掛けるベテランの宮大工だ。また、設計と設計監理は、40代半ばの金井亮氏(anddesign 株式会社)が担当。設計・施工・大工と、料理人である片山さんが密に連携し、世代を超えたワンチーム体制で新生『楽心』のプロジェクトに取り組んだ。物件取得から開店まで、1年半の歳月を要した。

『楽心』片山心太郎さん 片山さんは1977年千葉県生まれ。辻󠄀調理師専門学校卒業後、大阪・心斎橋『懐石料理 桝田』で8年経験を積み、その後、8年在籍した豊中『とよなか桜会(さくらえ)』では料理長を6年間務めた。2013年4月に大阪・福島区で独立。


現代数寄屋建築の“美”を随所に投影

片山さん曰く「コンセプトは、数寄屋造りの様式を継承しながら、現代的な解釈を融合。現代数寄屋建築の“真(格式)と草(柔軟性)”です」。

格子戸をくぐり「外露地」と呼ばれる空間へ。
「茶庭の思想を取り入れました」と片山さんが言うように、腰掛けと円座を設えていて、ここで待つひとときが高揚感を高めてくれる。

中暖簾をくぐり「内露地」へ足を踏み入れると、ゲストを五感で楽しませる仕掛けに満ちている。昼間は、柔らかな外光が差し込み、立ち蹲(つくばい)がある水の風景が実に清らか。草花が季節を映し、その背後には錫(すず)の彫刻版(彫刻家 橘智哉氏作)が。旧『楽心』にあった水墨画を連想させる幻想的な中庭を継承していた。

『楽心』内の外露路 到着したゲストが静かに、期待を高めながら過ごす空間が「外露路」。正面に据えているのは傘立て。「真鍮に拭き漆を施した、世界でここにしかない代物です。常連のお客様が作ってくださいました」。

『楽心』内の内露路 「内露路」は、地窓と天井から注ぐ外光を柔らかく取り込む工夫がなされている。

カウンター席「真の間」へ足を踏み入れると、釘付けになるだろう。8.5mある吉野檜の一枚板カウンターが堂々とオーラを放つのだ。少し明るいトーンの聚楽壁や、家具職人が一脚ずつ作り上げたケヤキの椅子が、柔らかな印象を醸し出す。格式とモダンな感性が見事に調和している。

『楽心』カウンター席 メインのカウンター席「真の間」。

一方、隣にある個室「草の間」には、厳かで親密な空気感が漂う。
やや傾斜した天井には葦(よし)を張り、板場の頭上には杉網代の天井を据えた。さらに、L字カウンターは、樹齢200年の檜の一枚板を2つ分割。自然素材ならではの柔らかな印象が、客人の緊張感を和らげてくれる。

『楽心』の個室 個室席「草の間」は4〜6席。カウンターには付け台が。「完成した料理を置くと、引き立って見え、お客様との会話も華やぎます。将来的には寿司職人とコラボレーションをしたい」と夢は膨らむ。

ゲストをもてなす空間はもとより、カウンター下の道具を納める木棚まで、選りすぐりのものを選択。また、メインカウンター内にある焼台では、炭火の煙が立ち上がらないようにするなど、一つ一つを熟考した上で作り上げた。
天然石の洗面台を据えたお手洗いに至るまで、設計や素材選びに一切の妥協がない。そこには「お客様をもてなす空間には、贅を尽くしたい」という揺るぎのない思いがある。


空間により変化した、料理と演出

カウンター席「真の間」は12席。移転前と比べ、メインカウンターだけでもキャパシティーは2倍に。「この空間によって、料理の演出やコース構成、所作や会話に至るまで、おのずと変化が現れました」。

昼夜のコースでいただける「鱧の湯霜造り」であれば、鱧の骨切りや葛粉をまとわせ熱湯にくぐらせる調理、氷の器への盛り付けまで、一部始終をお客の眼前で行う。
「水無月ですので、湯引きにした鱧は氷水には落としません」、「氷彫刻師が手作りした氷の器でどうぞ」。その一挙一動に、ゲストとの会話も弾み、長いカウンター席に一体感が生まれる。

鱧の骨切りと湯霜

コースは昼13200円(8品)、夜33000円(8〜10品)。鱧の湯霜造り。湯気立つ鱧の温かさと、氷の器との温度差も楽しい。

生産者とのエピソードを語る、片山さんの姿にも興味深いものがある。
「福井・東尋坊の現役海女・七世美さんに『楽心』のためだけに手摘みしていただいた天然の青のりです。この逸品と出合わなければ、今からお出しする椀物は生まれませんでした」と言う代物だ。

椀帆立真丈と青のりの椀物は、昼夜共通メニュー。

帆立真丈を青のりで包み、80〜90℃のスチコンで蒸し上げ、椀種に。利尻昆布とカツオ節からなる深遠な味わいのだしに、高貴とさえ感じる磯の香りが調和を奏でる。国産のアスパラソバージュと木の芽の彩りが、初夏の風情を醸し出していた。

また、片山さんは「席数が増えたからこそ、『いかにおいしく提供できるか』に神経を注いでいます。どうしてもタイムラグが生まれてしまうんで」と話し、その想いから完成したのが「ナカズミ(コハダ)の文化揚げ」だ。

揚げ物ナカズミ(コハダ)の文化揚げ。玉味噌と米酢、福井県産の地ガラシ、ディジョンマスタードを合わせた酢味噌と共に。あしらいは茹でたクレソン。ナカズミとは、コハダの成長における呼び名の一つ。コハダは体調10cm程度だが、ナカズミは10〜15cmのものを指す。

「酢締めにしたナカズミに、パン粉を纏わせて揚げました」。厨房で揚げるのだが、一気に提供しようとすると少し冷めてしまう。そこで片山さんは「最後にカウンター前にある炭火で軽く炙ることで、お客様は熱いうちにお召し上がりいただけます。また、炭火を用いることで程よく油が切れ、香ばしい仕上がりに」。酢締めしたナカズミを“揚げる”という発想にも、今の片山さんらしい発想が光る。


若い料理人に夢を抱いてもらうために

現在『楽心』には8名の社員が在籍している。中には調理師学校を卒業したばかりの女性料理人の姿も。「彼ら、彼女たちが頑張ろうと思える場所にしたかった」と片山さんは度々、口にしていた。

まずはスタッフが安全で快適に、誇りを持って働けることが大前提。そうした場作りができれば、お客さんにも気持ちよく過ごしてもらうことができる。「若いスタッフたちを、カウンターの中に立たせています。お客さんからは『若い子たちが一生懸命頑張っている。数寄屋建築とのギャップもいいね』との言葉も」と、片山さんは目を細める。今の『楽心』ならではのチーム力も特筆すべきポイントなのだ。「志を持ち一緒に仕事をしたいというメンバーを随時、募集しています」。

そんな片山さんは新たな挑戦も。
華道家・笹岡隆甫さんとの異業種コラボレーションを開催し、生け花が大切にする命の移ろいを、片山さんは料理で表現。華と料理の競演は、多くのゲストを魅了した。また、2025年7月には、東京『シェ・イノ』の料理長・手島純也さんと共に、料理ジャンルの枠を超えたセッションを行う。

「料理人は“夢”のある仕事だということを、若いスタッフと共有し続けたいです。新しい挑戦を続けられる職業だし、日々研鑽をしていたら徐々に自分のステップアップになります。それが、お客様への信頼を高め、喜ばれる料理を提供することにもつながります」。

新生『楽心』の見事な空間で、日本料理の未来を見据えた新たな挑戦が始まった。

『楽心』のバックカウンターカウンター席「真の間」のバックカウンターには、若手作家の作品を展示。片山さんが好意にするギャラリーと連携をとり、月替わりで絵画や版画、オブジェなどを設える。購入も可能だ。


フォローして最新情報をチェック!

Instagram Twitter Facebook YouTube

この連載の他の記事ニュースな和食店

無料記事

Free Article

連載一覧

PrevNext

#人気のタグ

Page Top
会員限定記事が読み放題!

月額990円(税込)初月30日間無料。
※決済情報のご登録が必要です