和食を科学する料・理・理・科

“新しいきずし”を考える

関西では、魚を酢〆したものを「きずし」といいます。若狭湾で揚がった鯖にきつめの塩をして京へ運ぶ道は「鯖街道」として知られていますが、京都ではこれを塩抜きし、酢に漬けて食べました。きずしの代表格が鯖であるのは、こんな歴史が背景にあるからでしょう。今回の「和食を科学する 料理理科」のテーマは、きずし。『とよなか桜会』店主・満田健児さんは、「きずしは季節感を表現しづらい料理」だと言います。そこで、魚介ではなく、割り酢に工夫を凝らすことで、「夏らしいきずし」の考案を試みました。その全容を、農学博士の川崎寛也先生の解説を交えてお届けします。

文:中本由美子 / 撮影:香西ジュン

目次

満田健児さん(大阪『とよなか桜会』『西天満 桜会』店主)

1969年、静岡県富士市生まれ。辻調理師専門学校を卒業後、大阪・心斎橋の名割烹『桝田』や『なだ万 リーガロイヤルホテル店』などで研鑽を重ねる。98年、大阪・豊中にて『とよなか桜会』を開業。華美にして大胆な八寸、泡醤油やスポイトで垂らすフレーバーオイルなどを造りに添える自由奔放な日本料理が話題に。2020年、『西天満 桜会』をオープン。

川崎寛也さん(農学博士)

1975年、兵庫県生まれ。京都大学大学院農学研究科にて伏木亨教授に師事し、「おいしさの科学」を研究。「味の素㈱」食品研究所上席研究員であり、「日本料理アカデミー」理事。「関西食文化研究会」での基調講演でも活躍している。専門は、調理科学、食品科学など。

きずしのメカニズムを知る

満田健児(以下:満田)
魚を酢〆する時、実は、うちでは一時、“追い酢”のようなものを使っていて…。水と米酢、砂糖少々を合わせた割り酢を使い回していたんです。鯖やアジ、鯛…といろんな魚を漬けていくと、割り酢がめっちゃ美味しくなるんですよ。でも…衛生面の心配があって止めました。
川崎寛也(以下:川崎)
腐敗臭がなかったり、酸味に違和感がなければ、問題ないといえば問題ないですが…。おそらく酢酸が腐敗を抑制していたのでしょう。でも、心配ではありますよね。
漬けている魚のうま味が割り酢に溶け出ていたのだと思いますが、それでは割り酢の味が安定しないでしょう。
満田:
そうなんです。このくらいのうま味が欲しいな、と思っても、それを計算することができないんです。米酢を足したり、昆布を加えたり、いろいろ調整していたのですが…。
川崎:
それなら割り酢を作る時に必要なうま味を付加すればいい。その方がずっと安定します。
満田:
それで、今回の実験となったワケです。いろいろ準備しておきましたよ!
と、その前に。きずしのメカニズムを知っておきたいのですが。
川崎:
魚に重量の3%以上の塩を振ると、表面に高濃度の食塩水ができます。これが身の浸透圧よりも高いために、中から水分が表面に出ていき、脱水が起こります。そうすると身の細胞が壊れて、塩がそこに入っていく。これが塩で〆た状態です。
表面を洗ってから酢に浸漬するのが一般的でしょうが、この時に取れるのは表面の塩だけ。中に入り込んだ塩はそのままです。
そして、これを酢に浸漬すると、身の中に酢が入り込み、塩味も全体に平均化していきます。これが酢〆のメカニズムです。
満田:
塩の効果は調味と脱水ということでしょうか?
川崎:
調味というのは、後からでもできるのです。単純に言えば、塩を振るとか、醤油をかけるとか、食べる時に足りないものを足すということで補えます。
今回、僕が確認したいのは、脱水以外の塩の効果。それで、脱水シートをご用意いただいたんです。
酢〆においての塩の効果は脱水だけなのか? 食べ比べて検証してみましょう。

生、脱水シート〆、塩〆のきずしを食べ比べ

92799294真鯛とアジを用意。生のまま、30分ベタ塩を当てて洗ったもの、脱水シートで一晩くるんだものを用意した。

ryo0004サ蜒・_MGL9308JUN

ryo0004サ蜒・_MGL9317JUN
3つの状態の真鯛のきずし。左から、生、脱水シート〆、塩〆。割り酢は、水300㎖に米酢100㎖、砂糖小さじ1/2の塩梅。「砂糖は塩気を呼ぶのに使います。あまり塩味を強くしたくないので」と満田さん。30分漬けてから食べ比べる。

川崎:
酢に漬ける前の状態の断面を見比べると、塩〆の鯛は少し白くなっていて、脱水シートの鯛は身が飴色になってますね。
満田:
例えば干物みたいに、脱水はさせたいけれど、塩味は付けたくないという時に、僕は脱水シートを使います。脱水シートである程度水分を抜いてから身の方にだけ塩をして、皮目を風干しすると、いい感じの干物ができるんですよ。
川崎:
脱水シートは、外に薄い膜があるんですね。これを半透膜といいます。その半透膜の中に高浸透圧食品である水飴成分と、海藻成分が入っています。塩〆の時に説明した浸透圧を利用したもので、魚をこのシートに触れさせると、浸透圧の高低差を埋めようとして身から水分が出て、半透膜の中に入っていき、海藻成分がそれを保持するという構造です。
満田:
では、酢〆にした鯛とアジを食べ比べてみますか。
まずは、生から。うーん、予想してましたが、酢の味しかしない…(笑)。
川崎:
酢洗いと変わらないでしょうね。表面の1ミリくらいに酢が染みているかも?というくらいです。
塩〆したものは、いつものきずしの味ですよね。満田さんの割り酢は酸が優しいですね。僕はもっと酢を利かせて表面が白くなるくらいまで漬けるのかと思っていました。
満田:
うちでは、鯖寿司にする場合もあまり長くは酢〆にしないですね。カットした時、断面は身の色がそのまま残っている感じです。
お造りであっても、酢〆したものをすぐにお出しすることはないですね。冷蔵庫に入れて1日は置きます。酢がさらに入って、塩気もいい感じになります。これに、割り酢を添えてお勧めします。
川崎:
塩〆したものの方が、生より断然、酢が入っているのが分かりますね。
やはり塩〆で細胞が壊れて、酢が浸透しているのでしょうね。
満田:
脱水シートの方は…水分が抜けて魚の味は凝縮しているのですが…。何だかアジは特に臭みが気になるような…。どちらも塩〆より酢の味がしないですね。
川崎:
細胞はある程度壊れるはずですが、酢があまり入っているようには思わないですね。
満田:
ということは、塩〆の効果は脱水だけではなかった、ということになりますね。
川崎:
そうですね。塩の効果で、身の中にある塩溶性の筋線維たんぱく質(ミオシン)が溶けるんですね。これが酢の酸によって変性・凝固して、不溶性になる。結果、身の筋や膜なども切れやすくなって、食感はあるけれど歯切れのいい状態が生まれるんですね。
対して、脱水シートは身の中のミオシンは溶けていないので、酢〆にすると表面の筋線維たんぱく質だけが変性・凝固すると共に、酢の水分が入って膨潤した状態となり、食感がよくない。それで酢が浸透しているように思わなかったんですね。
つまり、きずしには塩と酢の相乗効果が必要ということになります。
満田:
塩がないと、酢が身に入りにくいということですね。なるほど! 勉強になりました。

ryo0004サ蜒・_MGL9383JUN

割り酢にうま味を足してみる

川崎:
今回はいろんな割り酢をご用意いただいたそうですね。どんな意図があるのですか?
満田:
僕が試していた“追い酢”にはいろんな魚の旨みが入っていて、持ち味自体は良かったんですよ。きずしにすると、味が深くなって美味しさが増していました。
それで、まずは、割り酢にうま味を付加してみたらどうだろう?と考えたんです。
川崎:
鯖のきずしは、水ではなく鯖のだしで割り酢を作ると味が深まる、というのは確かにありそうですね。
満田:
それだけだと面白くないので、今回は相乗効果を狙ってみました。
まずは、トマトウォーターで作った割り酢です。アジと相性がいいと思うので、30分漬けてみました。
塩の効果は分かったのですが、仕上げる料理によっては魚に塩気がない方がいいものもあるのかな?と思うので、脱水シートの方も同じように漬けてみますね。

ryo0004サ蜒・_MGL9322JUN

ryo0004サ蜒・_MGL9424JUNトマトを湯剥きし、ミキサーにかけた後、凍らせる。翌日、これを解凍しながらキッチンペーパーで濾すと、透明な液体が取れる。これがトマトウォーター。トマト10個に対して1.5ℓ取れるという。割り酢は、米酢3:トマトウォーター1の割合。脱水シート〆と塩〆どちらのアジも30分漬けた。

川崎:
これは美味しいですね。アジとトマトの青さがよく合ってます。僕はこの味、好きですね。
満田:
脱水シートの方はやっぱりトマトの味があんまり入っていないですね。
川崎:
塩の効果は脱水だけではないことが確認できますね。うま味の浸透が断然違う。
それと、このきずしは、トマトのグルタミン酸とアジのイノシン酸の相乗効果で、強いうま味が生まれています。複雑味があるといってもいいような…。
満田:
昆布のグルタミン酸とカツオのイノシン酸、だしと同じ相乗効果ですよね。
予想以上に上手くいって、自分でも驚いてます。
川崎:
人にはうま味を感じる受容体というのがあって、ここにグルタミン酸などのうま味成分がくっついて、味を感じるんですね。
グルタミン酸はイノシン酸があることで、このうま味の受容体から離れにくくなるんです。その結果、うま味が長く感じられる。これが「うま味の相乗効果」です。うま味を長く感じるということを、人は強いうま味として捉える、ということです。
満田:
パチンコ台のチューリップに例えて考えると分かりやすいと聞いたことがあります。チューリップを受容体とすると、グルタミン酸という玉がその中に入って、その上にイノシン酸の玉がのっかると、チューリップはずっと開いたまま。つまり受容体にずーっとグルタミン酸といううま味が留まっている、みたいな(笑)。

では、次は、アサリの蒸し汁と米酢を合わせた割り酢にアジを漬けたきずしです。

ryo0004サ蜒・_MGL9330JUN
アサリを10分蒸して濾し、蒸し汁を取る。これを3に対して米酢1を加えた割り酢に、アサリの剥き身とアジを30分ほど漬けた。

川崎:
主題からは外れるのですが…。僕はアサリのきずし、初めて食べました。いやぁ旨いですね。これはいいアテになります! でも…よく考えたら、きずしの「き」って「生」だから、これはきずしではなく酢〆か(笑)。
満田:
赤貝やアワビなど他の貝類はよく酢の物にしますが、アサリってあんまり酢を合わせないですよね。
僕自身も新鮮というか、発見がありました!
川崎:
しかし、こんなに味が入るんですね。アジを食べてアサリの味がするので、ちょっと頭が混乱してます(笑)。盛り合わせるなどして、一緒に出してもらった方がいいですね。
満田:
大根おろしに割り酢を含ませて一緒に和える、みたいな料理ができそうです。
川崎:
貝のうま味に注目したのは、なぜですか?
満田:
例えば、ホンビノス貝とかマテ貝とか、どちらかというとエキス分の方が旨い、という貝があって、そのうま味を上手く使えないかな、と思ったのが始まりです。
川崎:
貝類はコハク酸で、トマトウォーターのグルタミン酸のように、アジの持つイノシン酸との相乗効果はないんですね。だから、2つの旨みがそれぞれ存在する、という印象を受けますね。貝の方は美味しく感じるけど、アジの方はちょっと違和感がある…みたいな。
でも、発想としては面白いと思います。相乗効果でなくとも、ものすごく相性がいい、という組合せを見つけられたら、今までにないきずしが生まれますよね。

割り酢の酸を置き換えてみる

ryo0004サ蜒・_MGL9333JUN
河内晩柑(かわちばんかん)という柑橘の搾り汁10に対して、米酢1を合わせた割り酢に、脱水シートと塩〆の鯛を約30分漬けた。

満田:
僕はきずしにフルーツを使う、という発想はなかったんですが…。酢橘や柚子の果汁できずしを漬ける人がいると聞いて、なるほど、魚介ではなく割り酢で季節感を出すことができそうだな、と思ったんですね。それで、夏らしい河内晩柑を使ってみました。
川崎:
うーん、これは酢〆になっているのかな…。酸が入っているという印象があまりないですね。
河内晩柑は酸味が弱いんだと思います。酢〆にするなら、ある程度の酸は必要ですね。
満田:
塩〆の方は塩が少し抜けているような気もしますが…。あんまり河内晩柑の風味が浸透してないですね。
鯛との相性はいいと思うんですが…。
川崎:
そうですね。僕は皮のフレーバーを使うのもアリだと思います。米酢に漬けておくだけで香りが移るはずです。白い部分(中果皮)の苦みを利かせるというのも手ですね。
満田:
皮を一緒に漬ける場合、より香りが付きやすい方法ってあるのでしょうか?
川崎:
細胞を壊した方が香り成分は割り酢に溶け出やすいので、削ったり、細かく刻んだ方がいいですね。
満田:
ちょっとやってみます! 河内晩柑は甘みが強すぎないので、和食に合うと思います。マリネみたいな感じでサラダ仕立てにしてみようかな。

割り酢に香りをつけてみる

ryo0004サ蜒・_MGL9326JUN
マンゴー1個分の皮を200㎖の米酢に漬けて一晩置く。ここに、鯛の脱水シート〆と塩〆を30分漬けた。

満田:
フルーツの皮って基本は捨ててしまうでしょう。それで、思いついたんです。皮を漬けておくだけで風味が酢に移ったら面白いな、と。試しにマンゴーを一晩漬けてみたのが、この酢です。
川崎:
ピューレなどにした方がよりマンゴーらしさが出ると思うのですが…。いやっ、これは驚きですね。こんな風味が移るんですね!
満田:
ここに鯛を漬けました。実は脱水シートの方が相性いいんじゃないか…と思っているんですが。
川崎:
塩した方がやっぱり味が浸透してます。ちょっとウニみたいな風味がしますね。美味しいです! 磯の香りがマンゴーによって強調されているのかもしれないですね。
満田:
想像以上でした(笑)。塩〆からのマンゴー酢〆、後味がいいですね! キュウリとか何か青い香りのものと合わせても美味しいでしょうね。夏向きの一皿ができそうです。

きずしに「もっと季節感を!」という提案

川崎:
僕は、きずしというのは、もっと酸の強い酢に長く漬けて白っぽくしたもの、だと思っていました。今回は、そもそもの割り酢が優しい酸味でしたし、漬ける時間も30分と短い。酢洗いに近いというか…身の中まできっちり浸透させる、というイメージではないのですね。
満田:
今は魚の流通もいいですし、生食は鮮度を大切にする、という部分がありますよね。ですから、浅い〆加減でフレッシュな魚の旨みを生かす、というのが、今のきずしの主流だと思います。
川崎:
ミオシンの変性による歯切れの良さ、みたいなことよりも、調味の在り方として、きずしを捉えた方が今はいいのかもしれません。
そういう意味では、割り酢にフレーバーを付けたり、酸味を柑橘で表現したり、別のうま味を足したり、という今回の実験は、とても意味のあるものでした。
満田:
日本料理は季節感が大事ですよね。でも、きずしっていうのは、年中あるような鯖やアジを使うので、なかなか季節感を表現できない。今回、僕は「夏らしいきずし」というのができたらいいなと思って、いろいろと試してみたのですが、マンゴー酢には可能性を感じました。
ですが、ダントツ美味しかったのは、トマトウォーター。それで一品作ります。

ryo0004サ蜒・_MGL9456JUN
塩〆した後、トマトウォーター入りの割り酢に30分漬けたアジのきずしに、キュウリや蓮芋などの夏野菜を合わせる。トマトウォーターのジュレをかけ、トマトのシャーベットとショウガの泡をのせた前菜。

川崎:
トマト尽くしですね。一体感が出ています。このシャーベットは?
満田:
トマトウォーターを取った後の残りを凍らせたものです。
川崎:
トマトウォーターとアジの相性のよさが光っていますよね。身にトマトのグルタミン酸が染み込んでいるので、だしくらい強い相乗効果が生まれているのだと思います。トマトはうま味の強い食材ですから。
満田:
有難うございます。きずしにして燻製にする、というアレンジはやったことありますが、今回のように割り酢を工夫するという発想は出てこなかった。今まで向き合っていなかった仕事と向き合うって楽しいですね! いいチャレンジになりました。

ryo0004サ蜒・_MGL9415JUN


フォローして最新情報をチェック!

Instagram Twitter Facebook YouTube

この連載の他の記事和食を科学する料・理・理・科

無料記事

Free Article

おすすめテーマ

PrevNext

#人気のタグ

Page Top
会員限定記事が読み放題!

月額990円(税込)初回30日間無料。
※決済情報のご登録が必要です