日本料理のことば

膾・鱠(なます)とは?

なますの発祥は、奈良・平安時代以前。古くは新鮮な獣肉の料理だった、ということをご存知でしょうか? 野菜を細く切り、時に魚介類を加えて、調味酢をかけたり、和えたりする料理となったのは、その後のこと。ニンジンや干柿と大根を合わせた、紅白なますは縁起が良いので、いつしか、おせち料理の定番になりました。今回は、意外と知らないなますのお話をお届けします。

文:「辻󠄀静雄料理教育研究所」今村 友美 / 料理制作:「辻󠄀調理師専門学校」小川 健
撮影:東谷 幸一 / 協力:辻󠄀調理師専門学校

なますという言葉には、大きく分けて3つの意味があります。

獣肉や魚介類を生のまま細かく切ったもの
主に魚貝類の細切りを調味酢で和えたもの
野菜の細切りを調味酢で和えたもの

ちなみに、人を大勢でめった打ちにすることを「なますに叩く」と言いますが、これは①の意味から転じた慣用句です。

日本の最も古い調理法とされるのが①です。『日本書紀』(720年成立)には、獲ってすぐの獣肉なますが、「鮮(なます)割(つく)りて野饗(のあへ)せむ」「能(よ)く宍膾(なます)を作る」などの表現で登場。磐鹿六鴈(いわか むつかり)という伝説的人物が、ハマグリあるいはアワビのなますを献上したのをきっかけに、天皇の料理番の祖となる話も出てきます。

『万葉集』にも、鹿が自ら死んだ後、肉と肝はなますにして役立ててほしいと詠んだ歌が収録されており、やはり当初なますといえば、新鮮な生肉の細切りを指したようです。肉を細く切るという作業は、昔の人にとっては食物に付加価値をつけて、ご馳走とする高度な技術だったのでしょう。

なますの語源は、生の食材を酢で食べたことから、「生酢」に由来すると言われます。ですが、古代に酢を造っていたのでしょうか? 中国では古くから酢を料理に使っていたので、日本でも同様だった可能性は否定できませんが、実はどう食べていたのか分かっていないのです。

もう一つの由来として、生宍(なましし)の発音がなまって、なますに変化したという説があります。宍は肉を意味する古い字です。
いずれにせよ起源は特定できませんが、元々「なます」の名が先にあって、同じ料理を指す古い漢字の膾や鱠、鮮の字などをあてたのかもしれません。

例えば平安中期の漢和辞書『和名類聚抄(わみょうるいじゅうしょう)』には、鱠に「奈萬須(なます)」の訓をあて、細切りの肉と解説しています。今は獣肉なますが存在しなくなったので、漢字から受ける印象で、魚貝類は鱠、野菜は膾として使い分けることが多いようです。

肉食が忌避されると獣肉なますは姿を消し、②の魚介類なますが主流になりました。
室町時代には、細切りの魚介類に、時に野菜を加え、ショウガ酢や蓼(タデ)酢、酒粕酢や酢味噌など、工夫を凝らした調味酢を用いるなますが確認できます。

また、大きめに切った生魚の刺身、野菜だけの精進なます、酢味噌などで和えたぬたなど、今につながる料理へと徐々に派生。江戸時代にはさらに広がりを見せ、数種の魚介を混ぜた和雑(かぞう)膾、なめろうに似た沖膾、温かいなますなど、今でもヒントになりそうなものが多く登場します。

ところが明治以降、魚介なますはお造りや酢の物として表現されるようになり、現在は、なますといえば、主に③の野菜を使ったものを指すようになりました。
とりわけニンジンや大根など紅白の色で作った「紅白なます」(または「源平なます」)は、縁起が良く、ハレの日の食卓を華やかにしてくれることから、節日や行事などの食に欠かせません。

ですが、酢を使った料理を表す言葉として、なますはシンプルで分かりやすく、とても美味しそうな響きです。ルーツを考えてみると、豪華さを帯びた表現にも感じられます。
魚介類のなますが、このまま姿を消していってしまうのは、ちょっともったいない気がします。

紅白なますのレシピ

【材料(4人分)】

カブ……1個
金時ニンジン……1/4本

<甘酢>

トマトウォーター……100㎖(トマト1個から作る)
酢……100㎖
砂糖……45g

<その他>

立塩(3%の塩水)

【作り方】

<トマトウォーターを作る>

トマトは皮を湯むきし、ミキサーにかけてペースト状にし、冷凍する。
ザルにクッキングペーパーを敷き、②を自然解凍しながら漉す(目安は3時間)。

<甘酢を作る>

②のトマトウォーター、酢、砂糖を鍋に合わせて火にかける。ひと煮立ちさせ、砂糖が溶けたら、火を止めて冷ます。

<カブと金時ニンジンを準備する>

カブは3cm長さ・3mm角に切り、しんなりするまで立塩に約10分漬ける。
金時ニンジンは3cm長さ・3mm角に切り、熱湯にさっと通す。水に落として水気を切り、しんなりするまで立塩に約10分漬ける。
④と⑤を軽くもんでから、水気をよく絞る。

<紅白なますを作る>

⑥を混ぜ、少量の甘酢に約1時間漬け、汁気を絞る。
残りの甘酢に3~4時間漬ける。

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