上野修三の古典

【レシピ付き】卵も皮も、骨まで使い切る“始末がいい”鱧づくし

——私が小さな割烹を始めた頃は万博景気とやらで、素材はええ部分(とこ)取りが美徳のようにいわれてまして、始末って言葉を口にするのは憚(はばか)られた。でも私は勿体(もったい)ない!と鰯(イワシ)の骨まで食べる工夫をしたもんだす。
上野修三さんが、著書『なにわ野菜 割烹指南』の巻頭「始末の心」に記した一説です。モノのない時代に育ち、いつも空腹だったという上野さんは、「いい素材やったら捨てるトコあらへん」が口グセです。今回は鱧をテーマに、持ち味を生かし切るという上野流「始末の心」をご紹介します。

上野修三(うえのしゅうぞう):昭和10年、大阪・河内長野に生まれる。ミナミでの修業時代を経て、1965年、『㐂川(きがわ)』を創業。なにわ伝統野菜を発掘するなど、大阪らしい料理を追求し、浪速割烹のカタチをつくる。60歳で開店した『天神坂上野』は伝説の割烹として名を馳せた。現在は、なにわの食文化を綴る随筆家としても活躍。

聞き書き:中本由美子 / 撮影:東谷幸一

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鱧の啜り鱠——造りの感覚で味わう鱧の冷製すり流し

「鱧叩く 音や隣の 菊の花」。大阪にこんな俳句があるのをご存知? 江戸時代に詠まれたもので、菊の花とあるから秋の句やけど、注目すべきは「鱧叩く」の文言。骨切りでは叩く音はしませんわな。とすると、江戸の頃、鱧は叩いて食べてたんかな? それでちょっと調べましたんや。どうやら、鱧のすり流しみたいなものが、この頃すでにあったそうな。それを「啜(すす)り鱠(なます)」としてお出ししたんは、法善寺横丁に『㐂川』を開いた頃からやから、ざっと40年も前のことだす。

作り方は以下を見ていただくとして、“啜る”ワケやから、とろっと滑らかな舌触りにすることが肝要だす。鱧は皮を下にして叩いてから、身を庖丁でしごき取り、その身から丁寧に骨を除いて、すり鉢へ。昔は30分くらい付きっ切りで、すりこ木を動かしたもんだすが、今はフードプロセッサーやら便利なものがおますやろ? 山芋とろろを合わせて、昆布だしで加減したら、仕上げの裏漉しもお忘れなく。キンと冷やしてお出ししまひょ!

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【作り方】
① 活け締めし、2日寝かせた鱧を開く。皮を下にし、出刃庖丁の峰(みね)で全体を叩いて柔らかくしてから、尾から頭に向けて身をしごき取る。骨を丁寧に取り除く。
② すり鉢に①を入れて滑らかになるまでよくすり、その総量の3割程度の山芋とろろをすり合わせる。
③ 昆布だしを合わせて裏漉ししてから、塩と淡口醤油で塩梅する。しっかりと冷やしておく。
④ 器に入れ、蓴菜(ジュンサイ)を浮かべ、ワサビを添えて振り柚子をする。


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重ね鱧のザクザク——皮にすり身を重ねた蒲焼きを、毛馬胡瓜と

ハリハリやら、ザクザクやら、大阪人はこんな言葉が好きだすな。ザクザクというのは、キュウリを噛む時の音のことやそうで。鱧皮と合わせたこの酢の物は、古くから大阪の家庭料理の定番でおました。大正時代には、上司小剣(かみつかさしょうけん)という作家が「鱧の皮」という小説もお書きになってましてね。道頓堀で鰻屋を営む女将の一日を描いた物語で、その中に女将が「蒲鉾(かまぼこ)屋に寄つて、鱧の皮を一円買ひ」という一節があるんだす。

はて、なんで蒲鉾屋、とお思いになる? 実は大阪では、骨切りが定着する前は、鱧はすり身にしてカマボコに、というのが主流でおました。すると皮が余りまっしゃろ。これを蒲焼き風にして売っていたんだすな。そもそも捨てるとこでっさかいネ、なんせ安い。これを買ってきて、毛抜きで丁寧に小骨を抜き、裁縫バサミでチョキンッチョキンッと細長く切ってネ。キュウリと合わせて酢の物にしたんだすな。

これをちょっと料理屋風に仕立てたんが、今回のザクザクだす。「鱧の啜り鱠」同様に鱧の身をすり鉢ですり身にし、タレ焼きにした皮に塗り重ねて蒸し上げると、食べ応えもあって美味いんでっせ。お相手には、なにわ伝統野菜の毛馬胡瓜(けまきゅうり)。今じゃアクのないキュウリが主流やけど、そもそもは特有の苦みがある。それが毛馬胡瓜にはあって、みずみずしさや青い風味が一層際立つんだすな。そして、何と言ってもピカイチなんが、歯切れのよさ。ザクザクという言葉は毛馬胡瓜だからこそ生まれたもんやと私ゃ密かに思てますねん。

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図3

【作り方】
① 蒲焼きのタレを作る。鱧の中骨を焼き、濃口醤油・たまり醤油・酒・みりんと合わせて煮詰める。
② 「鱧の啜り鱠」同様に鱧の身を出刃包丁でしごき取り、骨を取り除いてからすり身にする。塩と卵白、浮き粉を合わせておく。
③ 残った皮を出刃庖丁ののアゴの部分でよく叩き、小骨を断ち切っておく。
④ ①を塗りながら③を焼く。焼き上げた後、残り骨があれば抜き取る。
⑤ ④の表面に片栗粉を打ち、②を塗り、再び④を重ねる。さらに、②、④と重ねる。
⑥ 蒸気の上がった蒸し器で蒸し上げる。
⑦ 毛馬胡瓜は薄く斜め切りにし、昆布入りのたて塩に漬けておく。
⑧ ⑥を一口大に切り、⑦の水気を切って盛り合わせる。白髪ウドとハジカミを添え、土佐酢もしくは三杯酢をかける。


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鱧子酒盗——鱧の洗いに添えても、冷たい茶碗蒸しにのせても

大阪では何事も「始末がいい」ようにするもんだす。始末の精神というたら、質素倹約、捨てるトコを有効利用して…と考えるお人も多いけど、それだけやおまへん。そもそも料理屋においては、いい食材を買ったら、捨てるところがない。高価であっても、すべて使い切ったらかえって得や!という意味やと私ゃ考えてますねん。

それで、うちの割烹では、鱧やったら、中骨は焼いてだしをとり、皮はザクザク、卵や白子は塩辛、浮袋は吸い物に浮かして…と、徹底的に使い切っていましたな。特に、鱧の卵の塩辛は珍味中の珍味やと、大層喜ばれましてネ。昔は卵は捨てるトコやったんでっせ。魚屋で大量に余ってましたから、これをもらってきては、せっせと仕込みましたなぁ。

内臓の塩辛は、生臭みが出てしまうので、とにかくしっかり洗うこと。下記のように仕込んだら、面倒でも毎日混ぜることも大事でっせ。10日から半月くらいで食べられますけど、味が熟れてくるのは、1カ月ほど置いた頃だす。
酢橘など柑橘を搾って、そのままお出しするのも美味いですけどネ。鱧の洗いに添えて酢橘をきゅっと搾ったり、冷たい茶碗蒸しにのせたり。新玉ネギと鱧のサラダ造りのドレッシングに入れるのも手ですな。柚子をちょっと利かせてネ。

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【作り方】
① 鱧の卵と白子を目の細かいザルに入れ、流水でしっかりと洗う。水気を切り、同量の塩を加えて、保存容器で3日ほど冷蔵庫に置く。
② ①を水に晒し、ここで筋を取る。酒に一晩漬けておく。
③ ②の水気を切り、塩を加えて味を調える。保存容器に入れ、昆布を一緒に漬ける。
④ 毎日混ぜながら冷蔵保存する。10日から半月ほどで味が馴染む。

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