沢煮椀とは
野菜や肉などの具材がたっぷり入った汁物料理、沢煮椀。料理屋や学校給食、家庭でも供される身近な料理ですが、その定義や由来には謎めいたところがあります。「沢煮椀」と似たことば「沢煮」や、関連する説などから、どのように捉えたらいいのか探ります。

沢煮椀とは?
沢煮椀(沢煮汁)は、種々の野菜と豚の脂身をせん切りにし、吸地でさっと煮て仕上げた料理として知られています。普通は、塩味をベースとし、風味づけに醤油を差したすまし汁仕立で、吸口に胡椒を用いてアクセントをつけます。
日本の食には、「飯(主食)を引き立てるためのおかず(副菜)」という考え方があります。これに倣って、主食の飯に添えるのが「汁」であるのに対し、酒の肴として供するものを「吸物」として区別します。汁は、しっかりした味わいで、具も食べ応えがある味噌汁や潮汁のようなもの。吸物は、淡泊な魚を用いて香りも抑えたすまし汁や土瓶蒸しの類です。沢煮椀は、ご飯にもお酒にも合いますが、酒の味を損ねないあっさりした味に仕立てられるので、料理屋では吸物として供することができます。
沢煮椀と沢煮(澤煮)の関係
ところで、沢煮椀と似た名称の料理に、「沢煮(澤煮)」があります。新鮮な種々の材料を取り合わせ、薄味の煮汁をたっぷりと注ぎ、煮汁と材料の持ち味を楽しむ煮物です。「さわ」は、“多い”“たくさん”を表すことばなので、沢ではなく「多」の字を用いて、「多煮」と書いて「さわに」と読ませることもありました。語感からの印象でしょうが、沢煮には爽やかなイメージがあるので、淡い味の意と捉える人もいます。
他には、主に寿司屋の世界で、沢煮を「白煮(醤油を使わず、材料を白く煮上げる)」の別名として用いる場合があります。沢には水面が白光りするイメージがあることから、白色の意味を当てたのかもしれません。
一般的に沢煮椀は、沢煮から派生したものと言われます。白身魚や鶏ささ身などを下煮して、薄く醤油で味加減したすまし汁に、数種の野菜を加えたものを、椀物での「沢煮仕立」としている記録もあります。この場合は、沢煮からの派生と言えそうです。ただ、特徴的な脂身や胡椒などは見当たりません。とすると、いまの沢煮椀はどこから出てきたのでしょう。
沢煮椀にまつわるハナシ
ひとつ興味深い説があります。食文化史家の江原恵によると、沢煮椀は昭和初期に上海から帰国した神田政吉という料理人が、中国の料理からヒントを得て創案したというのです。この人物はのちに高浜軍記と名乗り、東京の関西系調理士会の役員にも名を連ねていました。
別の資料によると、神田政吉は東京における関西系日本料理(喰い切り料理の関西割烹)の流行にのって、京都から進出。豚ロースと独活の細切りを加えて、胡椒を利かせた塩味の沢煮椀を提供したそう。昭和初期はちょうど日本において、中国料理のブームが全盛期を迎えた頃。店が増え、家庭料理の本などでも盛んに特集されていました。同じく勢いのあった関西料理店でも、中国由来の技法と味が新奇でモダンな要素として積極的に取り入れられ、広く受け入れられた可能性は確かにあります。
謎多き沢煮椀の姿とは?
定義も由来もなんだかミステリアスな沢煮椀ですが、料理としてはどう考えたらよいでしょう。「沢」のことばの意味に寄せて、野菜を中心に材料を何種類か揃える、あっさりした汁で煮る、この2点は守ったほうがよさそうです。あとは、淡泊な椀種のすまし汁仕立にして沢煮寄りにするか、動物性脂のコクを忍ばせる程度に加えて、吸口で芳香を添えた沢煮椀とするか、はたまたそのハイブリッドにするか——うまく組み合わせることで、いずれも沢煮椀として通用するでしょう。
余談ですが、祝儀の料理で吸口に胡椒を用いる場合、日本料理では「祝い粉」あるいは「祝いの粉」と称することがあります。発音が同じ「故障」を避けてのことのようです。古い話ですが、頭の片隅に入れておくと、いつか役立つかもしれません。
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