日本料理のことば

松風焼きの由来

八寸やおせちの一品として盛り込まれることがある「松風(焼き)」。また、同じ名で焼き菓子としても親しまれています。なんとなく、ケシの実やゴマが表面に付いている、焼いた料理(菓子)というイメージですが、その名の由来はどこからきたのでしょうか。いくつか説がありますが、一つは見た目、もう一つはことばの語呂合わせや縁語がキーワードになっています。イラストは後者をイメージしたもの。日本人のことばへの感度の高さも感じさせる解説です。

文:「辻󠄀静雄料理教育研究所」今村友美 / イラスト:松尾奈央(Factory70) / 協力:辻󠄀調理師専門学校

目次

料理や菓子に付けられる「松風」とは

松風焼きは、表になる面だけにケシの実やゴマなどの粒を散らして焼き色をつけた料理です。「鳥松風」という料理名があるように、生地にはすり潰した鶏や鴨をよく使いますが、古くはシギやツグミなどの野鳥も用いました。他には魚を用いて練り物のようにしたり、豆腐でヘルシーに仕上げたり、慈姑(くわい)や自然薯(じねんじょ)などのでんぷん質食材を使うこともあります。
形は厚く平たく作るのが基本ですが、薄く伸ばして焼くタイプもあります。松風のポイントは、表の面がにぎやかな仕立てで、裏の面は寂しいこと。表と裏の対比を意図的に表すのが特徴です。

「松風」には、料理だけでなく、同じ名をもつ菓子もあります。小麦粉生地を平たく焼いて、表面に砂糖液を塗ってケシを振ったものです。一般的には、この焼き菓子を模して料理の松風焼きが作られたとされますが、もしかすると同時発生的に生み出されたのかもしれません。


「松風」の由来は、大きく分けて2つある

ことばの由来は、大きく二つの説があります。
一つ目は、よく焼いた面が松の樹皮のように見えることから「松皮焼き」と呼ばれ、それが転じて「松風焼き」になったという説です。

二つ目は、ケシなどで色々と飾った表側に対して、裏側は模様もなく寂しい(=裏が寂しい)、すなわち音の語呂合わせで「浦寂しい」となり、そこから連想される「松風」が命名されたという説です。
「松風」「浦」「寂し」は、意味や響きの上でつながりのある語(縁語)です。松林を渡る風の音が聞こえるばかりで、ひっそりとして寂しい海岸の情景を示しています。

この説は、江戸時代後期の田宮仲宣の随筆『東牖子(とうゆうし)』(『橘庵漫筆』所収)にある“焼き菓子の松風”の製法に書かれています。少し長いですが引用してみると、「干菓子の松風は、初京都より制し出し、或御方へ御名を乞奉りしに、御覧有て、まつ風と号給ふ。其心は表に火の剛焦し跡、泡立跡、けしをふりなどし、いろいろの斐(あや)あれど、うらは絖(ぬめ)りとして模様なし、うら寂敷(寂しき)と義によりて松風とはなづけ給へりとかや」。すなわち、焼き色や気泡の跡、ケシの模様がある表面に対して裏面が寂しいと書かれており、松風と名付けたということです。 

「松風」「浦」「寂し」が縁語として使われているものには、他に謡曲の『松風』が知られます。江戸時代、「熊野(ゆや)松風は米の飯」(三度の飯と同じくらい飽きのこないことのたとえ)と称されるほど人気がある作品でした。
物語は、旅の僧が須磨の浦を訪れ、在原行平(業平の兄)を慕って亡くなった海女姉妹の霊に出会うことから展開します。姉妹は行平との思い出を語り、彼が名残を留めた松の木に恋慕の情を重ねて狂乱めいた舞を舞い、夜明けとともに消えていく。残るのは、「松風ばかりや残るらん(松に吹く風の音だけ)」で、すべてが夢まぼろしだった、というもの。波音と松風だけが響く須磨の浦の寂寥感、恋の妄執が際立たせる哀しみや孤独感など、深い「心寂しさ(うらさびしさ)」が詰まった作品です。

料理書に松風の名がつく焼き物が確認されるのは、江戸時代中期ごろから。いわゆる百珍物をはじめとする庶民向けの本が、多く刊行されたのと同じ時期です。
松風の縁語でしゃれて楽しむ発想は、いかにも当時の読者好み。古典や教訓的な内容に、文芸作品を通して触れていた人々にとっては、松風という料理名とその表裏の違いを見て、「遊び」が読み解けたようで人知れずニヤリとすることもあったかもしれません。

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