「祇園さゝ木」一門会、師弟セッション

Vol.3 前編 テーマは「椀物」。甘鯛のだしという弟子の挑戦

日本屈指の人気割烹『祇園さゝ木』店主の佐々木 浩さんと、その薫陶を受けた一門会のメンバーによる、会席の品書きがテーマの師弟セッション。「椀物(煮物椀)」がテーマの第3回目には、満を持して“一門会の長男”が登場。佐々木さんとは27年の深き師弟関係。前編では、その『祇園 きだ』店主・木田康夫さんの新作に、師匠・佐々木さんが向き合います。

文:船井香緒里 / 撮影:高見尊裕
佐々木 浩さん(『祇園 さゝ木』店主)

1961年、奈良県生まれ。前衛的な味と軽妙な話術で場を盛り上げるカウンターの名手。1997年の開店以降、その独創性で脚光を浴び、2006年現在の地に移転してからはいよいよカリスマ性を発揮。個性豊かな料理人を育て、「一門会」は人気店主の集まりに。

木田康夫さん(『祇園 きだ』店主)

1971年、滋賀県生まれ。『先斗町 ふじ田』から佐々木さんの右腕として活躍し、『祇園 楽味』など系列各店の料理長を経て2016年独立。軽妙なトークと魅せる仕事でカウンターを沸かせている。「柔軟でいて冷静。頼りになる一門会の長男」と佐々木さん。

コンソメをとる発想で、甘鯛のだしをひく

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佐々木 浩(以下:佐々木)
一門会の皆で、どの献立を誰が担当するか話し合ったとき、康夫はすぐさま「椀物」と答えたな。
木田康夫(以下:木田)
はい。僕が献立を決めるときは、まず椀物を考えます。コースの主役であり店の顔ですから。おやっさんも椀物からでしょう?
佐々木:
その通りや。まず椀物、続いてバシッと金かけなあかん焼物という骨子を固める。
ほな、まずは康夫に、今回の椀物の意図を教えてもらおうか。
木田:
一門会の流れを汲む料理人は必ず、椀物とコースの終盤でお出しする鉢物で、だしのうま味を生かした料理をお出しします。
佐々木:
お客様には、驚きや楽しさを伝えつつも、「あぁ、しみじみ旨いなぁ」と感じていただく場面がとても大切やからな。
木田:
僕が思うに、椀物と鉢物、両方にカツオと昆布からとっただしを使うと、味わいに起伏が生まれないなと。
しかも『祇園さゝ木』と同様、ウチの店にも毎月、お越しになるお客様がいらっしゃいます。ご常連を飽きさせない工夫、そして僕自身の挑戦をと考え……。
佐々木:
なんや、昆布とカツオ以外の素材でだしを引くんか?
木田:
はい、甘鯛を使わせてもらいます。真鯛も考えたんですが、ありきたりですから。
せやけど甘鯛は、魚臭さが強い。クリアな風味をどう引き出すか、試行錯誤しました。
佐々木:
甘鯛は味が濃くてホンマに旨いと思う。僕の中では魚のトップクラスや。でも康夫が言う通り、臭みが強いからだしにするには相当な工夫が要るやろう。
木田:
その通りです。まずは、どうやって臭みを取るべきかを考えました。アラを焼けば、焼きの匂いがジャマになる。そこでヒントにしたのが洋食のコンソメのとり方です。
佐々木:
オモロい発想やな。詳しく聞かせてもらおうか。

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木田:
梨割りにした甘鯛の頭、そして中骨にふり塩をして丸2日寝かせます。その後、霜降りにしてぬめりを取ります。
鍋に、大きめに切ったニンジン、半割りの玉ネギ、セロリは葉付きで、ニラは1束。さらにモヤシ、ざく切りの白菜、真昆布を入れ、その上に甘鯛をのせます。
佐々木:
香味野菜をたっぷり用いて甘鯛の臭みを抜くわけか。甘鯛はあえて上に?
木田:
はい、だしに魚臭さが付かないよう甘鯛は“野菜のベッドの上”に、が必須です。そして水:煮切り酒=8:2の割合でひたひたの状態にして中火にかけます。ひと煮立ちしたら、アクを丁寧に取り除く。ここで卵白は使いません。
その後は80〜90℃でコトコトと4時間ほど炊いて、その鍋ごと1日置きます。翌日、再び火にかけて、一度煮立たせてからネル地で濾してます。
佐々木:
相当、手が込んでるな。

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木田:
お客様に出す前の仕事をどれだけするか、ということを、おやっさんに叩き込まれたんで。その甘鯛のだしに、ザク切りにした玉ネギを加えて炊いていきます。玉ネギは甘鯛の風味を際立たせるんで。
粗熱が取れたらミキサーで撹拌して、摺り流しに。仕上げに酢橘の搾り汁を加えて、味を締めました。

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佐々木:
よっしゃ。ここからは客にならせてもらうで。康夫、料理の説明から始めてもらおう。
木田:
はい! では、お椀でございます。甘鯛のだしを用い、玉ネギの摺り流しにしました。椀種は、ナスの揚げ煮を土台とし、葛を打ち酒蒸しにした徳島産の赤甘鯛。アスパラソバージュを添え、仕上げに振り柚子を。どうぞお召し上がりください。

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佐々木:
お前んとこ、お椀に蓋をつけへんのか?
木田:
はい、カウンターで直接お出しするので、あえて蓋はしません。
佐々木:
なるほど……(無言で食べ続ける佐々木さん)。
甘鯛からとっただしは、あの独特な魚臭さを感じない。甘鯛の身とのバランスも良い。しかも、ナスの揚げ煮はめちゃくちゃ旨いなぁ。
木田:
青ナスです。今の時期が一番やと思います。素揚げにして、昆布とカツオのだし、醤油と砂糖で炊きました。
佐々木:
吸地は、塩であたりをつけてないんか?
木田:
はい、甘鯛のだしの旨みと玉ネギの甘みだけです。

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佐々木:
ちょっと塩もらえるかな。(佐々木さん、塩を少々かけて)塩でより深みが出るようにも思うけれど。うむ。総じて美味しいよ、美味しい。
ただ、僕なりの意見を言わせてもらうと。
康夫、椀物って何が一番大事やと思う? 僕が考える椀物とは。心が洗われるような澄み切った味わい。これが最も重要じゃないかなと。
木田:
まず吸地を口に含んだときに感じるスッキリとしたキレ、ということですね。
佐々木:
そうや。暑さで体がバテる夏場は、特にそれが必要になる。となると、昆布とカツオの一番だし、その透き通った味わいがやっぱり大事やと僕は思うねん。
そして、椀種を食べて、「しみじみ、味わい深いなぁ」、椀種の旨みが滲み出ただしを飲んで「はぁ〜なんて旨いんだろう」と、お客様に感じていただく。
お椀というのは、そういうほっこり感も表現しないとアカンのと違うかな。
木田:
あぁ……。おやっさんのおっしゃる通りですわ。
佐々木:
ケチをつけてるんやないで。今回、康夫は“革新”という意味合いも込めて、この料理を作ったと僕は感じている。
木田:
ありがとうございます。

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佐々木:
気心知れた康夫やから、もう一つ言わせてもらうと。 やはり椀には、蓋が必要やろ。蓋をとった時のだしの香りはもちろん、お客様に「うわぁ〜もうこんな季節かぁ」と、お椀の中の景色を楽しんでもらうことも大事。蓋を開けるというひと手間で、その景色がより鮮やかに目に飛び込んでくると思わんか?
椀物は、日本料理におけるメインディッシュなんやから。ここでのインパクトは大事やで。
木田:
大切なものは守りながらも、挑戦していかないといけませんね。おやっさん、椀物の奥義を再認識させていただきました。ありがとうございました。
佐々木:
いいチャレンジやったと思うよ。ほんまに旨かった。 存在感がある味わいやから、鉢物として出した方が絶対にええよ。

(後編に続く)

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