世界に挑む、和の料理人

パリ15区『茶懐石 秋吉』の挑戦vol.2

京都・南禅寺の『瓢亭』で10年の修業を重ねた秋吉雄一朗さんが、今年1月、パリ15区にオープンさせた『茶懐石 秋吉』。vol.1では、フランス初の茶懐石店がオープンするまでのストーリーをお届けしました。vol.2では、パリで供す懐石料理の全容をご紹介。茶の心が育んだ懐石料理という総合芸術を、フランスでいかにして伝えるか。秋吉さんの挑戦をルポルタージュします。

文:伊藤 文 / 撮影:吉田タイスケ

目次


「茶懐石」と屋号に冠したワケ

店主の秋吉雄一朗さんが、店名に懐石ではなく、茶懐石と冠したのには理由がある。

最近は日本でも、懐石料理を単に和食のコースと捉える人が多くいる。懐石は会席とも違う。本来は、「濃茶」、「薄茶」を喫する前の茶事に基づいた食事である。秋吉さんは、日本の茶の心が宿った料理であることを伝え、単なる和食のコースと差別化しようと考えたのだ。

懐石料理は、主人が客人をもてなすために、ありとあらゆることに気を配り、心を込める総合芸術だ。そこには季節の食材があり、それを引き立てる器、花、掛け軸なども吟味される。

少し前であれば、パリのお客に茶懐石を理解してもらうことはハードルが高かったかもしれない。けれど現在、和食に対する興味が高まっており、すでに日本語の「CHA」と「KAISEKI」は知られている。これが組み合わさることの意味を、敏感に感じてくれる食べ手もいるに違いない。

「だからといって、作法に忠実に、と堅苦しくは考えていません。自由に楽しんで、日本を好きになって、日本料理を少しでも面白いなと思っていただけたら」と、秋吉さんは言う。

パリ『茶懐石 秋吉』の一汁三菜汲(く)み出しとして一杯の茶を喫した後、茶懐石の作法に則って、一汁三菜が供される。白飯は煮えばな。汁は和辛子を添えた胡麻豆腐の赤味噌仕立て。向付は、「かなりの大物でした」という脂ののったシマアジ。カブの葉のお浸しと。昆布をしっかりと利かせたポン酢の割りだしで。つぼつぼには、その年に初めていらしたお客様にお出しする一品を。デーツ入りの大根と人参のなますで歓迎の意を表する。

パリ『茶懐石 秋吉』の煮物椀続いて煮物椀が供される。この日は「海老とグリーンアスパラの真薯(しんじょ)」。ジュンサイ、新ポワロ―(ポロネギ)をあしらい、七味唐辛子をかけて。だしは真昆布とカツオ節だけでなく、鶏ミンチを加えたコンソメ仕立て。さらりとした口当たりながら、ぐっと旨みが深い。秋吉さんが人生で初めて購入した会津塗のお椀で。

この日、清新な空間で食事を共にしたパリの人々は、その特別な雰囲気を感じ取り、五感を研ぎ澄ませて食事を楽しんでいた。秋吉さんが素材、料理法などを簡潔に説明する。「J’ai une question(一つ質問があるのですが)」と声をかけるお客さまたち。

「質問してくださると、興味をもってくれた!と嬉しいんですよ。今はフランス語が流暢ではないので歯がゆいですが、少しずつ言葉を学んで伝えていきたいです」。
 
パリ『茶懐石 秋吉』の店主・秋吉雄一朗さんと煮物椀

フランスの食材と調理法も取り入れて

秋吉さんは、『瓢亭』での修業時代、伝統的な京料理だけでなく、トマトのジュレやフカヒレ料理などフレンチや中国料理などからヒントを得た調理にも触れた。十四代目の髙橋英一さんが、他ジャンルの料理を研究し、懐石の一品として取り入れたものだ。

「不易流行」。伝統を守りながら“今の料理を作る”。髙橋さんから料理人としての探求心も垣間見た。そして今、フランスならではの食材や調理法を取り入れる工夫も楽しんでいる。

例えば、フォアグラをあん肝のように出す挑戦。醤油と酒で煮るが、脂が多いので温度調整をして、プルッとした食感に仕立て上げる。また、マヨネーズを作るのにルバーブのペーストを酢の代わりにし、甘酸っぱくフレッシュな味わいを表現。トウモロコシの冷製すり流しの上に豆乳の泡を乗せた、カプチーノ仕立てなど。

パリ『茶懐石 秋吉』のカツオの藁たたきカツオの藁(わら)たたき。スペインのヤイトガツオを稲藁で炙り、ホウレン草のお浸しを添えている。ポン酢のジュレをかけ、シブレットとおろしショウガで。器は唐津『土平窯』藤ノ木陽太郎作の星型向付。

パリ郊外で日本の野菜を栽培する『山下農園』の山下朝史さんと懇意になったのも、料理の助けとなっている。ミシュランの星付きシェフが喉から手が出るほど欲しがると評判の質の高い野菜だ。「日本の季節感を表現するためには、あしらいも大切な要素。山下さんからは大根の花やネギ坊主も仕入れられるので、とても有難いです」。

パリ『茶懐石 秋吉』の冷やし炊き合わせカブ、カボチャ、白ナス、トマト、ズッキーニをそれぞれ炊き、カブの煮汁を張って、振り柚子をする。『山下農園』のカブは、だしが染み込んでとろけるよう。器は永楽の赤絵。

日本からのエールが宿った器たち

「日本から茶道具や掛け軸、お皿を運ぶのに、全部で90箱にもなりました」とは女将の三鈴さん。それでも季節を表現する道具としては、全然足りないと秋吉さんは言う。
「『瓢亭』で、毎月、道具やしつらえを変えるのを目の当たりにしていましたから」。

『茶懐石 秋吉』では、6月の迎え花を生けるのに、陶器では暑苦しいので花籠に変えたという。「季節感を伝えるこうした心遣いを、もっと深めていきたいですね」。

2013年から蒐集を始めた器も、存在感があるものばかりだ。たくさんの日本の職人が、海を渡った秋吉さんに器と共にエールを送り、彼の地に日本の美を伝えてほしいという想いを託している。

例えば、『瓢亭』との縁を繋いでくれた福岡県飯塚市の茶道具商。店を継いだ息子が同年代ということもあって、秋吉さんが気に入りそうな器を取り置いてくれるという。

お茶の先生から初めていただいた茶器も。その作者とは今もご縁があり、「お店でも使用させていただいています」。秋吉さんが日本一と崇める菓子職人が愛用する漆器に惚れ抜いて、作者に会いに行き、買い付けたものもあれば、父から譲り受けた皿もある。

パリ『茶懐石 秋吉』のうつわ右上の切子鉢、割山椒は、『瓢亭』の髙橋氏とも秋吉家とも親交が深い飯塚市の道具屋から購入。漆器は、由緒ある家の方が「パリで使ってちょうだい」と持たせてくれたもの。真ん中右は赤樂の向付。その奥は、福岡・小石原の『高取焼鬼丸雪山(おにまるせつざん)窯元』の鉢。蓋付きは真葛(まくず)焼。唐津の陶芸家・田中佐次郎作の片口あり、黄瀬戸あり、備前の鉢ありと、多彩なうつわが揃う。

パリ『茶懐石 秋吉』のうつわ博多の『工房ぬり松』の漆皿。太宰府の和菓子店『藤丸』で出合った八寸皿。螺鈿(らでん)入りなど表情が多彩だ。

フランスに和食文化を根付かせたい

「国家の盛衰は国民の食べ方いかんによる」とは、フランスを代表する稀代の美食家ブリア・サヴァランの名言だ。日本料理アカデミーや全日本・食学会などを牽引する京都の料理人たちは、国に働きかけ、国の支援を得て日本料理を世界へと伝える活動に力を注いでいる。

「フランスでの活動があれば、ぜひ小間使いとして使ってくださいと、『瓢亭』の十五代目・義弘さんにお話しして、パリに来ました」と秋吉さんは言う。

「先人が築き上げてきた想いを紡ぎ、今の時代にできることを精一杯やって、次の世代に伝えたい」。フランスにおける和食文化が未来に繋がりますように──。
6月、店頭に据えた大きな茅の輪には、秋吉さんのそんな願いが宿っている。

パリ『茶懐石 秋吉』のうつわ秋吉さんと、奥様で女将の三鈴さん。三鈴さんは『瓢亭』時代から秋吉さんを支えてきた。

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