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和食に取り入れたい「香り」の新発想 Vol.1

「和食は一年を通して香りの使い方が決まっています」とは、大阪の人気割烹『北新地 弧柳』店主・松尾慎太郎さん。春は木の芽、秋冬は酢橘(スダチ)や柚子…、確かに、和食における香りのアクセントは「あぁ、あの素材ね」とイメージしやすい。
「もっと香りのバリエーションを増やしたくて。和食では考えられない発想を持っている彼に弟子入りしたいんです!」。
彼とは…国境を超えたオリジナリティ溢れる料理と、醸造酒の相性を提唱する新福島『kamoshiya kusumoto』店主の楠本則幸さんだ。

文:船井香緒里 / 撮影:太田恭史
楠本則幸さん(大阪・福島『kamoshiya kusumoto』オーナーシェフ)

1973年兵庫県生まれ。20歳で会社員からバーテンダーへ転身。6年間経験を積み、焼き鳥店で調理とサービスを担当しながら、独学で料理を学ぶ。2006年10月、自店をオープン。

松尾慎太郎さん(大阪『北新地 弧柳』店主)

1975年大阪府生まれ。調理師専門学校卒業後、大阪・法善寺横丁『浪速割烹 㐂川』で12年間修業。居酒屋『キッチン和』や『仏蘭西懐石 星家』で経験を積み2009年、北新地にて独立。

和食が和食であるために。香りの線引きをどこに置くか?

松尾慎太郎(以下:松尾)
あれは2016年でしたか。『kamoshiya kusumoto』10周年イベントで、コラボさせていただいた時のこと。楠本さんは、クエの椀物にオレンジ胡椒を合わせましたよね。あの爽やかな香りは衝撃的でした。
日本しか知らない僕と、世界の料理を学んでいる楠本さんとでは、切り込み方が全く違うなと。和食って、実は香りのバリエーションが少ないんです。木の芽、柚子、スダチでしょう。ワサビ、辛子、ショウガもあるけれど、それらは薬味でしかない。もっと使える素材はあるはず、と思ってはいるものの…。
楠本則幸(以下:楠本)
一理ありますね。だけど和食の範疇で新たな香りをとなると、どこまで踏み込むかによって、使える食材も変わってくる。ニンニクはダメとか、松尾さんの中に香り使いの線引きってあります?
松尾:
ハーブの場合、マイクロコリアンダーなど優しいテイストの素材は使いますね。最近は、台湾の山胡椒「マーガオ」も。山椒とレモングラスが融合したような香りが、焼き物によく合うんです。
楠本:
マイクロハーブやマーガオがオッケイなら随分と幅は広がりますよ。同じコリアンダーでも、例えば生産者や収穫時期によってテイストは全く違うから、使うタイミングは大事ですよね。自然に逆らわない、無理のない使い方が良いでしょう。今日は、“香り”をテーマに2品考えました。まずは、「セコガニの寿司」。2品目は、「イカの造り」です。

シャリの塩梅とカニのクセを、果実の香りが繋ぐ

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松尾:
セコガニとは馴染みのある素材で、少しホッとしました(笑)。だけど僕ら和食料理人がセコガニを使う場合、カニ酢やショウガ、ちょっと変化球でも柚子くらいでしょうか。カニ身や内子、外子の旨みを生かすための、香り使いが結構難しくって…。
楠本:
僕が提案するカニ寿司は……。シャリとセコガニのほぐし身の間に、フルーツを忍ばせます。ほぐし身の上にはカニ醤(ジャン)で和えた内子、そして外子、スジコの醤油漬けをこんもりと。コレがそのフルーツです。
松尾:
えっ?寿司にリンゴ…ですか?

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楠本:
その通り。シャリとカニ身の間で、香りの繋ぎ役になるのが「リンゴの浅漬け」です。
皮付きのまま1/8にカットしたリンゴを「ちょっとしょっぱいな」と感じる塩水に、30分漬けます。昆布と少しの柚子も加えてね。その後、水気を拭い、氷温庫で2カ月寝かせました。色はほとんど変わらず、質感は少し硬くなった程度です。食べてみます?

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松尾:
ほとんど塩気を感じない。適度に水分が抜けてて、甘みに凝縮感がありますね!
楠本:
蜜の感じがスゴいでしょう。スライサーで千切りにして、シャリとカニ身の間に挟んで…。松尾さん、カニ寿司が出来上がりました。どうぞ食べてください。

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松尾:
会席料理のお凌ぎのようですけど。(モグモグ…)。
え?なんですかコレ! 見た目は日本料理ですが、食べるとそうじゃない!
セコガニの旨みと、鼻に抜けるリンゴの皮の香りと、シャリの優しい酸味が一体に。しかも外子や内子もしっくり馴染んでいる!
リンゴが入ることでセコガニ特有のクセが和らぎ、それぞれの清々しい香りの余韻を感じます。

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楠本:
発酵させたリンゴの香りや甘み、そして酸味により、シャリがまろやかな味わいになるんです。セコガニの強い旨みも、心なしか優しく感じ、全体にまとまりが生まれる。
本来はここに、酒を合わせて完成です。ウチは「kamoshiya」という店名にもあるように、醸造酒と料理のペアリングを楽しんでいただく店ですから。僕なら「リンゴ」つながりで、リンゴの消費量が多いフランス・アルザス地方の自然派ワイン「フレデリック・ゲシクト」が醸す、ピノ・グリ100%のロゼを合わせますね。ちょっとカニやリンゴっぽい赤みを帯びたロゼです。味わいはブラッドオレンジのような赤い柑橘系と、旨みのあるテクスチャーを持っていて、どことなく甲殻類の香りのニュアンスを感じるから、これは合うかなと。

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松尾:
料理と、ワインがもっている香りの共通項がキーなんですね。これも目からウロコのポイントです!
楠本:
この料理、実は香りの重なり合いだけじゃなく、口に含んだ時のバランスも大事です。リンゴとカニ身は、匙の中におさまる程度の同じサイズに揃えます。不揃いだと、咀嚼した時に一体感が生まれないので、、香りの立ち方もバランスが悪くなる。
さらに。セコガニの内子と外子の量も重要なポイント。内子は潰しています。ゴロッとしたまんまだと、硬いそぼろ…じゃないですけど、シャリやリンゴの食感のジャマをするんですね。一方の外子は、そのままの量を使うと、多すぎてバランスが悪い…。
使わない外子も出てきますが、余ったらカニ醤に漬け、乾燥させて「外子塩」を作るんです。すると、また違う時期にちょっとしたアクセントに使えるでしょう。
松尾:
内子を潰す、外子の量を減らす概念すらなかった!
いやー、勉強になりました。香りにインパクトがあるパーツを繋ぐために、発酵させたリンゴの風味をもってくる…。これはセコガニの新しい食べさせ方。自分の引き出しには全くなかった、香りと味の組合せですよ!
楠本さん、僕が和食で定説と感じていたロジックが、良い意味で覆された気分です。
楠本:
そう言っていただけて嬉しいですね。 (後編に続く)

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