特集

鱧料理の提案

関西の日本料理店や居酒屋ならば、この時季、必ず提供する鱧料理。落としなら梅肉か酢味噌で、椀種にしたり、鱧寿司にしたりと、定番の味が求められる一方で、各店ならではの創意や味わいを楽しみたいというお客の声も聞こえてきます。そこで、定番ではない仕立てをテーマに、今回は、大阪の『懐石料理 雲鶴』、京都の『近又』、奈良の『奈良 而今』に鱧料理をご披露いただきます。ご主人の着想のヒントや調理の工夫も合わせてご紹介。

目次


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大阪・東天満『懐石料理 雲鶴(うんかく)』島村雅晴さん作
フレッシュな桃ペーストと鱧のほんのり温かい先付

伝統的手法に科学的アプローチを加え、「無駄を省き、より良いものを」追求し続ける島村雅晴さん。名物・小鯛の野崎焼は、小鯛を菜種油に浸し114℃のスチーム・コンベクションで7時間、コンフィの状態に。頭から尾まで丸ごと食べられる意外性と共に、大阪料理の「始末のこころ」を提唱する。

ロジカルな創造は、鱧料理にも。「湯引きや椀物など、定番に馴れ親しまれたお客様には変化球を」と意気込む。夏の鱧らしいあっさりとした味わいを軸としながらも、“香りの共通項”をテーマに季節感を重ねる。

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4層が織り成す、甘やかな香りのハーモニー

その鱧料理は、見目麗しいミルフィーユのような仕立て。注目したのは、鱧の旨みに潜む甘さだ。そこを軸に、鱧の骨せんべい、玉ネギ、桃、そして生温かい鱧の身を重ね、4層にした。

土台には、鱧の骨せんべいを。骨はすり潰し、小麦粉と太白胡麻油を混ぜ合わせて薄く伸ばし、スチーム・コンベクションで155℃、25分加熱。すると、海老せんべいのような香ばしさと甘い風味が生まれる。淡路島の玉ネギはホイル焼きにして、透明感ある甘みと香りを引き出した。

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完熟梅をヒントに生まれた、濃縮桃ペースト

鱧と鉄板の相性といえば、梅肉。その甘酸っぱさを、島村さんは桃の中に見出し、大胆にアレンジした。フレッシュな桃の果肉を刻み、色止めにレモンと酢橘の搾り汁を少々加え、ブレンダーで攪拌。さらに「そのままだと味がぼやける」と遠心分離機にかけた。煮詰めずして生まれた濃縮ペーストは、完熟梅を思わせる爽やかで軽い甘みだ。もちろん完熟梅を使うのもあり。アク抜きをしてから茹で、裏漉ししてペーストにし、その酸味を生かしながら、桃のペーストで甘みを補うのが良いそう。「ほんのりした甘酸っぱさは、出始めの淡泊な味わいの鱧と相性がいいんですよ」。

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甘やかで淡い鱧の風味を、醤油麹が引き締める

鱧は淡路産の、口当たりがいい500〜600gのものを好んで使う。骨切りした鱧に振り塩をし、串を尾から頭の方に向かって打つ。添え串をしたなら皮を下にして、極弱いガス火で「皮目にだけ熱を入れるイメージで」炙る。ほんのり焼き目がついたら裏返し「身は、少し温める感覚で」、遠火の弱火で約10秒。一口サイズに切り、鱧の骨せんべい、玉ネギ、桃ペーストの上に重ねた。

口に運べば、生温かい鱧の身がねっとり舌に絡む。その繊細な甘みと共に、桃の香りが広がり、玉ネギの透明感ある甘さ、骨せんべいの芳しさの四重奏。天盛りにした醤油麹が、全体の引き締め役に。

「淡い甘みを持つ素材を重ねていくことで、今の時期らしい爽やかな旨みの相乗効果を狙いました」。

ロジカルでいてクリエイティブ。定番の取合せをベースに、奔放な発想で魅せる島村さんの初夏のコースは、こんなイントロから始まる。

_67A0115島村雅晴さんは、1977年生まれ、和歌山県出身。北新地『北瑞苑』で9年修業の末、2005年に28歳で独立。7年後、東天満に移転。日本料理の伝統に敬意を払いながらも、科学的なアプローチを持ち懐石料理を創造する。

文:船井香織里 / 撮影:東谷幸一

『懐石料理 雲鶴』
【住所】大阪市北区天満1-18-17
【電話番号】06-6809-6515
【営業時間】11:30〜13:30LO、17:30〜20:00LO
【定休日】不定休
【お料理】昼/5000円〜、夜/12000円〜。※サ10%別。


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京都・御幸町通四条『近また』料理長・山口敏生さん作
鱧の夏巻

「鱧の“旨み”に焦点を当てた“夏の春巻”です」と構想を語るのは、店に25年以上籍を置くベテラン料理長・山口敏生さん。創業200余年を誇る日本料理屋『近又』の夏の名物といえば、鱧懐石。焼霜や牡丹(ぼたん)鱧の椀物、棒寿司など磨き抜かれた“定番の味”を求めて訪れるのは、長年通う中高年層がほとんど。けれど、若主人の鵜飼英幸さんが発案し、2019年に新設したカウンターでの特別料理となると、話が違うそう。

「揚げ場や炭床がどのお客様にも目に入るよう誂(あつら)えたカウンターは、しっとり落ち着いた本館とは異なる趣。客層もやや若く、少し刺激的な料理が求められているように思いますね」とは、七代目当主・鵜飼治二さんの談。
「ですから、『近又』では絶対にお出ししないもの。なおかつ、『近また』の見せ場のひとつ・揚げ物で遊んでみようかと」。

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逆の発想、“熟成”で旨みを上げる

「鱧料理といえば、当店の定番は牡丹鱧。名前通りの見事な大輪を咲かせるために必要なのが、鮮度。身に張りがあるからこそ、加熱で皮が反り縮み、身が美しく波打つ。もちろん繊細な骨切りも欠かせませんから、庖丁技を見せる料理でもあります。今回はこれらの逆を行きました」と、山口料理長。

そこで目を付けたのが、“熟成”という訳だ。

「主人や若主人と試食を重ねつつ、活〆から最低でも4日以上の冷蔵熟成で落ち着きました。少し身がねっとりしつつも食感もある程度感じるぐらい。初めての試みでしたが、管理は付き合いが長い錦市場の老舗鮮魚店『丸弥太(まるやた)』に任せているので安心です」。
写真上が活〆したばかりの鱧。下が活〆してから4日間冷蔵熟成した鱧。身は若干白くなり、指で触ると押し戻すような弾力がなくなっているのがわかる。

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旬味を合わせて季節感を演出

春巻を選んだ理由は、様々な素材をひと口で味わえる料理だから。
「もちろん鱧だけで美味しく作ることもできますが、夏らしい贅沢感を出したかったんです」。
存在感が立つよう牡丹鱧よりも若干太めに骨切りした鱧の身に、まずは細かく刻んだ実山椒をぱらり。続いて下茹でしたトウモロコシと枝豆を、鱧の身の隙間を埋めるように散らし置く。
「どれも香りや食感のアクセントになりつつ、鱧の邪魔はしない食材。色味もキレイですしね」。

もうひと工夫が、ほんのひと匙ほど混ぜ込む鱧おこわだ。
鱧だしを吸水させたもち米に、さらに鱧だしをかけながら蒸し上げたもので
「密かに旨みを上げるだけでなく、揚げている最中ににじみ出る鱧のエキスを上手に吸う役割も兼ねています」。
鱧の身のふんわり感を生かしたいので、気持ちゆるめに巻くのもポイントだ。

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揚げ油にもタレにも、ひと工夫

「油に旨みや香りがありすぎると邪魔になるので」と、試行錯誤した結果、揚げ油は大豆の白絞め油と綿実油を同割でブレンド。160℃から170℃の中温でじっくり4分ほど揚げる。

涼しげなガラス皿に敷いたのは、梅甘酢餡。追いガツオをした合わせだしに梅肉を溶き、ザラメ、ごく少量の淡口醤油、白醤油を加えて味を調え、葛でとろみを付けたもの。鱧定番の取合せ、梅肉のアレンジだ。

食べやすいようひと口サイズに切り分けた春巻の断面にのせるのは、赤芽紫蘇(ジソ)とマイクロ青紫蘇。「2種の紫蘇の涼し気な芳香が、さらなる夏感を演出してくれます」。
極め付きは、脇に添えた甘いミニトマト。「爽快な甘みが、梅甘酢餡とも鱧とも、想像以上に好相性ですよ」。
まさに旬味満載、“夏巻”の名がよく似合う。

_67A1138山口敏生さんは、1976年岐阜生まれ。19歳で『近又』の扉をたたき、京料理一筋に26年。伝統と格式を重んじる『近又』と、刺激的なクリエーションやライブ感を売りとする『近また』双方の料理を取り仕切る。

文:川島美保 / 撮影:東谷幸一

『近また』
【住所】京都市中京区御幸町通四条上ル
【電話番号】075-221-1039(代)
【営業時間】12:00~13:30入店、17:30入店(状況により営業時間は変更あり)
【定休日】水曜、その他不定休あり
【お料理】昼/カウンター専用懐石6000円~、夜/カウンター特別料理20000円。
https://www.kinmata.com


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近鉄奈良『奈良 而今(にこん)』清水唱二郎さん作
鱧寿司

故郷の奈良に店を構えて5年。全国から仕入れる旬魚と、鮮度漲(みなぎ)る地場の野菜や米で仕立てるコースが評判を呼び、常に数カ月は予約が埋まっている人気店だ。

そのコース中盤、秋から春に供するお凌ぎの定番が鯖寿司。塩をして数日寝かせた鯖の、ねっとりとした脂が後を引き、「一番の目当て」とする常連客もいるほどという。

夏、そのポストを務めるのが鱧寿司だ。店主・清水唱二郎さんは「鯖寿司に負けない一品に」と気合いを込める。
6・7月に使う鱧は、脂がのって味が濃く、皮や骨が柔らかい韓国産。「レアな状態が旨いのでタレ焼きにせず、サッと炙る程度でお出しします。それだけに、舌触りや食感を決める鱧の処理に一番神経を使いますね」。ふんわりと立ち上った白い身が、その想いを体現している。

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味の決め手は、処理のタイミングと保管温度

「死後硬直をいかに穏やかにするかが決め手です。内臓を取り出すタイミング、身をおろすタイミング、保管する温度。すべてが味に直結します」。

朝、市場から帰るとすぐさま内臓を取り出す。「臭みの原因である胃酸が漏れないよう、丁寧に。身についたら消えないので」。鮮度や旨みを保つため、ぬめりはそのままにし、冷蔵庫より高めの8~10℃に設定したワインセラーへ入れておく。

営業開始の1時間~1時間半前に取り出し、皮表面が白くなるまでぬめりを出刃庖丁でこそげとって水洗いし、身をおろす。背びれ下の軟骨まで取り切り、下準備の完了、再びワインセラーへ。

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味のバランスを考え、梅肉ソースは皮全面に

営業時間直前、「細かく、とにかく美しく」骨切りをする。その出来により、炙ったときの身の立ち方が変わるからだ。
そして串を打って塩をし、皮目を焼いて梅肉ソースを塗る。「天にちょん、とのせると食べる場所によって味にムラが出るので、全面に。その分、ソースはまろやかで、カドのない味わいにしています」。香ばしく炒った米を酒で炊いて裏ごしし、同じく裏ごしした梅干しと合わせている。
米は奈良市富雄『広渕農園』のヒノヒカリを使う。「白ご飯で食べれば甘く、炊き込みご飯にしても味が入る。土壌と人がいいんでしょうね」と清水さん。酢飯にし、ゴマ、刻んだ大葉、焼いたちぎり海苔を混ぜて棒状に整え、鱧をのせる。ラップでくるんだら巻き簀で軽く形を整え、提供時までワインセラーで寝かせておく。

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客前で炙り、身をふわりと立ち上らせる

出番の時間。約2cm幅にカットし、上から炭をかざす。すると処理の手間に応えるように、ほわほわ、と、その身を花開かせる。「死後硬直が進むとこうはいかない。お客さんに目の前でその瞬間を見ていただいて、『美味しそう!』という期待感を持っていただきたいですから」。
仕上げにすりおろしたワサビをのせ、ミョウガの甘酢漬けを添えたら完成だ。

口に含むと、見た目通りふわりとした食感で、滑らかな舌触り。ざらつきや皮の存在感は皆無だ。大葉や梅肉ソースの穏やかで爽やかな風味が鱧の旨みを際立たせ、口福をもたらす。

_67A0662清水さんは奈良『菊水楼』や京都『祇園にしかわ』などで修業を重ね、独立。「8・9月の鱧は南淡路の沼島産を使います。脂は少ないですが味が濃い。皮が少し硬いので、椀物や佃煮、鱧茶漬けや揚げ物などにすることが多いですね」。

文:阪口 香 / 撮影:東谷幸一

『奈良 而今』
【住所】奈良市鍋屋町3
【電話番号】0742-31-4276
【営業時間】18:00~20:30入店
【定休日】日・月曜
【お料理】コース13000円。※サ5%別。

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