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「RED U-35」で京都『日本料理 研野』がグランプリを獲得

挑戦し続けること6回。2022年11月に開催された料理人コンペティション「RED U-35」でグランプリを受賞したのは、京都・岡崎『日本料理 研野(けんや)』の店主・酒井研野さんでした。錚々たる審査員から評価された料理やプレゼンテーションとは。また、挑戦し続ける中で見えてきた、これからの料理人に必要な力とは何か、伺いました。

文:阪口 香 / 撮影:高見尊裕

目次


「RED」とは、RYORININ's EMERGING DREAMの略。35歳以下の新時代を担う若き才能を発掘し、料理界から未来と世界を変えることを目的とするコンペティションだ。

2013年から開催され、コロナ禍で開催されなかった2020年を除いて今回で9回目。2022年の審査員長は食プロデューサー・コンサルタントの狐野 扶実子(この ふみこ)氏、総合プロデューサーは放送作家の小山薫堂氏。審査員には「辻󠄀調理師専門学校校長・辻󠄀調グループ代表」の辻󠄀 芳樹氏や、フードジャーナリストの君島佐和子氏、『祇園さゝ木』主人の佐々木 浩氏や『Cuisine régionale L’évo(レヴォ)』オーナーシェフの谷口英司氏など、錚々たる顔ぶれが名を連ねた。

参加した料理人は478名。その中から、2022年、グランプリ「レッド エッグ」を獲得したのが『日本料理 研野』の酒井研野さんだ。日本料理人としては初の受賞となる。

was8284b酒井さんは1990年1月生まれ。青森県出身。京都の料亭『菊乃井』で8年、姉妹店の『無碍山房(むげさんぼう)Salon de Muge』で料理長を2年務めた。その後、N.Y.の寿司店『Shoji at 69 Leonard Street』、京都のイノベーティブレストラン『LURRA°(ルーラ)』で経験を重ね、京都の中国料理『京、静華(きょう せいか)』に。2021年3月、『日本料理 研野』開店。目の前で炙る叉焼(チャーシュー)、締めの手打ち中華麺など、中国料理のエッセンスを加えた日本料理が話題。

「25歳で始めて挑戦した時に、意識がガラリと変わりました。それまで『菊乃井』の中で上のポジションにいくことだけを考えていましたが、同世代には全く違う目標を持って仕事に取り組んでいる人がいると気づいたのです。海外の三つ星レストランで活躍していた人や、独立してオーナーを務めている人。意識や目指すものの違いに愕然として。更なる高みを目指すためには、もっと努力や熱量、筋の通った思考が必要だと感じました」。

自身の足元を見つめ直し、何が欠けているのかを考えた。それは、「RED U-35」の課題に取り組む中で次第にクリアになっていったという。

「開催当初は『卵』や『豆』など食材そのものが大会のテーマになることが多かったのですが、2019年は『日本の宝』、2021年には『未来のための一皿』などどんどん抽象的になっていきました。美味しい料理を作ることだけではなく、自らのアイデンティティを見直し、日本の恵まれた食材や食文化をどう生かすか考え、SDGsや食糧危機といった社会課題にも向き合うことが必要でした。さらに映像審査や、コロナ禍でオンラインでのプレゼンテーションやディスカッションもあり、多様な表現方法でのアピールが求められました」。

“美味しい”は大前提。その先に、未来の料理界を牽引(けんいん)していく力があることを証明する必要があったという。

これまで挑戦したのは計6回。グランプリを獲るまで長い道のりだったが、毎回、刺激的で、自身の成長に繋がったという。「この大会がなければ、今の僕はいないと言っても過言ではありません」。

「旅」——懐かしい味が新しい。記憶で繋がる「鯨椀」

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2022年のテーマは「旅」。コロナ禍で移動が制限される中、料理人として何ができるかを考える大会となった。

最終審査は自由課題。ファイナリスト6名で話し合い、供創するコース料理を提供した。「縁旅(えにしたび)」と名付け、食の歴史の旅を表現した。

酒井さんが作ったのは、鯨椀。お客が思い出として語ってくれたというクジラ(コロ)のおでんからインスピレーションを受けたものだが、1990年生まれ、青森育ちの酒井さんにとっては、それほど馴染みのない料理だ。

「店で提供した時、ご年配の方は『昔、よく食べたわ』『あの頃は牛肉や豚肉がなくてね...』と懐かしみ、若い世代の方は『初めていただいたけどこんなに美味しいなんて!』と驚かれました。みなさんがクジラの話で盛り上がり、店の空気が一つになったのです。これは、ものすごい食材だな、と思いました」。

大阪は日本の三大捕鯨基地の一つ、紀州太地から近かったこともあり、戦前は日本を代表する鯨肉の集散地。庶民にはおでんの他、水菜と一緒に煮るハリハリ鍋やベーコンなどにして食べられていた。しかし、近年まで約30年間商業捕鯨が禁止されていたこともあって、その文化を知る人は少なくなっている。

「日本人にとってクジラは、縄文時代から食してきた食材。各地にクジラを祀る信仰があり、ヒゲや骨は工芸品にするなど余すことなく使ってきました。こういった日本古来の文化を繋いでいきたいという想いがあります。もちろん資源が枯渇するような乱獲をしてまでとは思いませんが、しっかり資源管理をした上だったら、他の動物や魚と同じように食すのは問題ないと考えます。クジラは海の食物連鎖の上部にいる生き物。捕獲をしないことで、ブリなど他の魚が獲れなくなる害も出ているそうです。『何を食べ、何を食べないか』という選択には様々な見方や考え方があることを理解した上で、日本料理人である自らの立場からこの食材を選択しました」。

鯨椀の主役はコロと呼ばれる白い脂層。おでんの定番である大根、その上に干し貝柱や豚肉の旨みを含ませた白菜、スライスしたコロを重ねる。だしには清湯(チンタン)を少しブレンド。「いろんな具材が染み出たおでんのような、味の深みを表現しました」。クジラの命や文化への敬意を込めて、両手で捧げ持つ形である「合鹿椀(ごうろくわん)」に盛り付けたのもポイントである。

味わいの重ね方から、器のプレゼンテーションまで、工夫がふんだんに盛り込まれた料理が、酒井さんを勝利へと導いた。

「未来のための一皿」——身近な“日本料理”をアップデートした「アメリカンドッグ」

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染付のうつわに、ポップでキッチュな姿。
酒井さんが2021年、「未来のための一皿」というテーマの一次・二次審査で作った料理だ。

「日本料理をアップデートする、という意図で作った一品です。そのため、日本料理の定義をどこまで広げられるか考えました。昔はバターやオリーブ油、ニンニクなどを使うことはタブーとされていましたが、今は日本で生産されているし、それらは日常的に食べているものです。“今、日本にあるもので作る料理”“日本人が日常的に食べている料理”を日本料理と捉えてもいいんじゃないか、と思って」。

そこで、アメリカンドッグ。
「実は、この名前で売られているのは日本だけで、海外では『コーンドッグ』と呼ばれ、生地に小麦粉ではなく、トウモロコシ粉を使っている別物なんです。コンビニでは毎日見かけるし、縁日でもメジャーなもの、高校の部活帰りに食べたなぁと、日本人の思い出の中にあるものです」。

日常にある食文化を日本料理に落とし込む。そこには、和の味わいに着地させる、酒井さんの工夫がある。

香りで、料理の国籍が決まる

「『菊乃井』の亭主・村田吉弘さんに、『料理の国籍は香りが決める』と教わったことがあります。野菜をバターで炒めたら洋風だし、魚醤で炒めたらエスニック、オリーブ油とニンニクで炒めたらイタリアンになりますから」。

そこで本来、芯となる魚肉ソーセージの替わりに、干し椎茸を加えた鶉(うずら)と豚のミンチ、干し椎茸やカツオ昆布だしで煮てみじん切りにした台湾産の黒クワイを加えて混ぜる。ネギ・ショウガ・山椒・戻して細かくほぐした干し貝柱なども加える。

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生地にはわずかに白味噌を忍ばせる。トマトソースには山椒やゴマを加え、添えるのはマスタードではなく和辛子だ。

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今、身近にある料理を日本料理に落とし込んだ「アメリカンドッグ」と、伝統料理ながら日常から遠ざかったクジラのおでんを昇華させた「鯨椀」。

どちらにも共通するのは、日本の食文化を未来へと繋ぎたいという想いだ。そこへ、酒井さんのアイデンティティが掛け合わさり、オリジナリティある皿へと昇華している。

これからの日本料理人に必要な力とは

「RED U-35」に挑戦する中で、他ジャンルの料理人に比べ、日本料理人に劣っていると感じたのが、「自分らしさを表現すること」だったという。

「例えば、夏の鮎だったら定番の塩焼きだけじゃなくて、いろんな食べ方、楽しんでもらえる方法があると思っています。その可能性をもっと広げていくことで、自分らしさを表現したいです」。

2022年に行われた「RED U-35」の一次審査で酒井さんが提出した料理は、まさに楽しさと、これからの可能性を感じる料理。その名も「3Dフードプリンタによる『ウニ寿司』のプロトタイプ」だ。

was3530g(撮影:伊藤 信)

レーザー式3Dフードプリンタ「LASER COOK AISO-1S」を使用して、魚や米粉、海苔、醤油でウニの殻の形に成形。その中に、スーパーフード・キヌアを寿司酢で調えたもの、上に生魚の切れ端、昆布だし、米粉、卵黄をミキサーにかけたものをのせ、ウニの身に見立てた。

「海外の寿司店で働いていた時、築地から空輸で魚を取り寄せていたことから、フードマイルの問題や日本料理のアイデンティティといった課題に向き合い、世界中どこでも再現可能な料理を考えました。シャリに見立てたキヌアは世界中どこでも手に入りますし、魚の切れ端を使えば、フードロスの削減にも繋がります」。

何よりこの料理が素晴らしいのは、料理人だけが作ったものではない、という点だ。

「プリンタを開発している研究者、コンセプトや形を設計するデザイナーの方と協力して生まれた料理です。これからは、他の業界・業種の方々と議論ができる料理人が求められると感じています。その方が、料理の世界は広がっていく」。

「RED U-35」応募者の中には、他にもフードロス問題や女性の社会進出などの社会問題に取り組む料理人が増えているという。

「社会が抱える様々な問題に目を向けて、料理人という立場から何ができるか理解し、アプローチしていける人がこれから活躍していくのではないかと思います」。


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