老舗の名物ものがたり

東京・銀座『金田中 庵』其の一:料亭の味を継ぐ割烹

老舗和食店のものがたりと共に、長く愛され続ける名物料理のレシピをご紹介する新連載が始まります。初回の舞台は、東京・銀座の『金田中 庵(あん)』。日本三大料亭の一つに挙げられる『新ばし金田中』の“食い切り料理”をカウンターで楽しませる割烹として、銀座の粋客に愛されてきた名店です。【其の一】では、夜はアラカルト主体、昼は名物ばかりの昼膳を揃える割烹に受け継がれる『金田中』の味ものがたりをお届けします。

柏原光太郎(かしわばらこうたろう):1963年東京生まれ。慶應義塾大学を卒業後、株式会社文藝春秋に入社。『東京いい店うまい店』編集長、食のEC『文春マルシェ』立ち上げの後、独立。食の社交倶楽部「日本ガストロノミー協会」を設立し、会長に。食べログフォロワー5万人以上。外食産業、地方創生関係者との繋がりも深い。著書に『ニッポン美食立国論』(日刊現代)。

文:柏原光太郎 / 撮影:綿貫淳弥

目次


名料亭『金田中』の“食い切り料理”

新橋は江戸時代から柳橋と共に「二橋」と称され、東京の花街の中で最も高い地位にある。明治の元勲が贔屓(ひいき)にしたことで発展し、全盛期には約400名の芸者が在籍。中でも『新ばし金田中』は、築地『割烹新喜楽』、大阪・高麗橋(こうらいばし)『𠮷兆本店』と共に日本三大料亭の一つとされている。

『新ばし金田中』は、『田中屋』という料亭で仲居をしていた金子とらさんが始めた店で、昭和に入って、銀座『鶴の家』で料理人をしていた岡副鐡雄(おかぞえ てつお)さんが引き受けた。現在の岡副真吾社長の祖父にあたる人である。

かつて会席といえば、すべての料理を膳に並べる形式であったところ、『金田中』は一品ずつ供する“食い切り料理”で名を馳せた。できたてを味わっていただくため、初代の頃から、よい素材を吟味し、余計な手を加えないシンプルな仕立てを貫いてきた。だし味の強さも特徴で、カツオ節をたっぷり使い、しっかりと煮出して風味を引き出しているという。

現在も本店は厳格な紹介制で、政財界の要人から愛用されている。
料亭は、料理だけでなく店構えや内観、しつらえ、芸者衆との遊びなど、日本文化すべてを味わう贅沢な空間。常連の中から、たまには純粋に料理だけを楽しみたいという声が上がり、その要望にこたえる形で、1994年、『金田中 庵』が開店した。

場所は、銀座七丁目。高級クラブが立ち並ぶ、銀座社交界のメッカである。バブルの残り香が漂う中、カウンター割烹で楽しむ『金田中』流の食い切り料理は銀座の旦那衆、本店の常連らを中心に人気を博していく。

“銀座の割烹”だからこそ

東京・銀座『金田中 庵』料理長の渡邉 厚さん料理長の渡邉 厚さんは52歳。本店で2年、支店の立ち上げなどにも複数関わり、2002年に『金田中 庵』の料理長となった。

『金田中 庵』はまもなく創業30年。松の柾目の一枚板のカウンターに、その歴史が刻まれている。本店のお客に限らず、この店だけに通う常連も増え、親子三代にわたる贔屓も少なくない。

むろん、銀座社交界の中心地だけに、早い時間は同伴のお客様も多かった。バブルの余韻があった開店直後は、投資銀行や代理店のお客が、カウンターでロマネコンティなど高級ワインを空ける姿もよく見られたという。

しかし、コロナ禍で様相は一変。その危機を救ってくれたのは、古くからのお客様だったと渡邉料理長は言う。
「仕事や家族用といって弁当を頼んでくれたりして、店の維持に貢献してくださいました。『俺はいけないけれどクラブの子に弁当を数十個届けてくれ』なんて銀座ならではの注文もありましたね。本当にお客様には恵まれました」。

長かったコロナ禍だったが、ようやく昨年末くらいから客も戻ってきた。
「皆さん、これまで外食を控えてきたからか、コロナ前より注文がわがままになったように思います(笑)。でも、それも嬉しいですね」。

東京・銀座『金田中 庵』の品書き新規のお客や接待客用におまかせの会席(19800円)も用意しているが、半分以上の客は魅力的な一品料理の並ぶ品書きから好きなものを頼む。

夜は、肴五品から始まる

本店の料理はおまかせだが、こちらはアラカルトが主体だ。「季節のものを召し上がってほしい」と旬の一品をずらりと並べた品書きには、「今月の選りすぐり」と題して食材が記されている。その食材は旬が終わるまで提供されるが、なんと毎週、料理を変えるのだという。

会席であっても、単品であっても、まず「肴五品」を供するのが、こちらのスタイル。和え物や一口の寿司、小吸物などの季節の5品を食べながら、品書きをゆっくり眺めて食べたいものを考える客が多いという。

肴五品の後はお好きにどうぞ。刺身や焼物を必ず食べなくてはいけないという決まりはなく、いきなりアジフライを頼んでもいい。一人で食べるのか、2~3人でつまむのかで、量を調整してくれるのもカウンター割烹の醍醐味だろう。

「以前、80歳を超えたお客様から『美味しいものは食べたいけれど、残すと申し訳ないので、すべて半分にしてほしい』と言われました。最後にざるそばを所望されたので、麺10本ほどを茹でてお出ししたら、片手でGOODサインをお出しになられ、板前たちにシャンパーニュをおごってくださったこともありました」(渡邉料理長)。

開店直後はクラブのアフター客のために深夜1時まで営業していたというから、銀座の旦那衆が好きなものを少しずつ楽しめる割烹でありたい、という思いは強い。
『金田中 庵』での食事は、いわば“小皿懐石”。単品をいくつ注文しても、腹八分目で、お酒の二割を足して十割になるよう調整してくれるのだ。

お酒も同様に、少しずつ多くの種類を楽しんでほしいからと、日本酒好きな女将の杉浦郁美さんが30種類以上を用意。半合でも、小さなグラス1杯でも、臨機応変に注いでくれる。お客の好みはメモに残し、その嗜好をもとに勧めると言うのだから細やかだ。

上階には、松坂牛を鉄板焼きやすき焼きで楽しませる姉妹店『岡半』があり、そこからヴィンテージワインを取り寄せたり、逆に『岡半』に料理を届けることもしばしば。そうした融通無碍なところもまた、銀座の割烹ならではだ。

東京・銀座『金田中 庵』の「肴五品」その月の季節の味を少しずつ楽しませる「肴五品」。6月は、右上から時計回りに「順菜 吸いとろろ 天山葵(わさび)」「水茄子 烏賊 蛇腹胡瓜梅酢和へ」「大目(おおめ)鮭笹巻寿司 胡麻 ガリ」、小吸物として「梅雨鯒(こち) 焼茄子 蓮芋 柚子」。真ん中は生の車エビを柚子風味の醤油ダレに漬けた「車海老柚香(ゆこう)漬け 酢取り妙賀(みょうが)」。酒を呼ぶ料理が一品ずつ供される。

東京・銀座『金田中 庵』の「大目鮭笹巻寿司」「大目鮭笹巻寿司 胡麻 ガリ」は、6月の品書きに「今月の選りすぐり」として掲げる青森の大目鮭が主役。塩〆にして焼いてほぐし、ゴマ、ガリと共に寿司飯に混ぜ込んでいる。

名物を気さくに楽しませる、昼の醍醐味

実は、『金田中 庵』は昼膳も充実している。
刺身など冷たい料理、煮物など熱い料理をそれぞれ同じ皿に盛り込む、本店名物の「重ね皿」。夜の締めとして評判の「丸玉地ご飯」や名物丼「東(あずま)丼」も、昼ならではのスタイルで提供される。

もとは、ビジネスマンやマダム達が気さくに『金田中 庵』の味を楽しめるよう用意された昼膳だが、最近はお酒を楽しみながらコースやアラカルトを楽しむ客が増えたという。コロナ禍で時間の使い方が変わったのかもしれないと女将の杉浦さんは話す。

東京・銀座『金田中 庵』の「三色半の東丼」黄味醤油でヅケにしたマグロを釜炊きご飯にのせた「東丼」は、開店当初からの名物。そこに、ゴマ醤油で鯛を、ショウガ醤油で2種の旬の魚介(この日はカツオとアオリイカ)をヅケにして合わせ、「三色半の東丼」として昼に提供。ミョウガ・大葉・ネギ・アサツキを天に盛り、黄身醤油をたっぷりかけている。季節の野菜の炊合せ、香の物、味噌汁、薬味を添えて3080円。

食い切り割烹の楽しさと、新橋や銀座の文化の奥深さを融合させたのが『金田中 庵』の世界だと私は思う。

夜の早い時間はクラブの同伴のお客との華やかな時間、その後は銀座の旦那衆が好きな料理と酒をつまむ時間。そして、週末は『金田中』文化で育った常連が家族を連れて楽しむ時間。こんな幅広い楽しみ方ができる場所は、銀座にしかない。

それぞれのお客を楽しませるには、これまた幅広い料理の引き出しと研究が必要。それは料理人だけでなく、客にも課せられる。だが、それが日本料理の奥深さであり、面白さであると、『金田中 庵』を訪れるたび、そう思う。

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