老舗の名物ものがたり

【レシピ付き】東京・銀座『銀座 矢部』其の二:骨なし秋刀魚の塩焼き

『銀座 矢部』はカウンターに座り、大将と話をしながら料理を決めていく楽しみが味わえる数少ない割烹。大将の矢部久雄さんが繰り出す料理はどれも絶品ですが、なかでも秋の代名詞といえば「骨なし秋刀魚の塩焼き」。サンマの骨をすべて取り除き、一度取り出した内臓を掃除して中に詰め、炭火で焼き上げています。小骨を気にすることなくガブッと食べられ、ワタの味も存分に楽しめるとあって、秋風が吹くと常連から「サンマはまだか」という問合せがひっきりなし。その傑作の極意を余すところなくご紹介します。


柏原光太郎(かしわばらこうたろう):1963年東京生まれ。慶應義塾大学を卒業後、株式会社文藝春秋に入社。『東京いい店うまい店』編集長、食のEC『文春マルシェ』立ち上げの後、独立。食の社交倶楽部「日本ガストロノミー協会」を設立し、会長に。食べログフォロワー5万人以上。外食産業、地方創生関係者との繋がりも深い。著書に『ニッポン美食立国論』(日刊現代)。

文:柏原光太郎 / 撮影:綿貫淳弥

目次


発想の源は「ワタを美味しく食べさせたい!」

sme0010a『銀座 矢部』名物「骨なし秋刀魚の塩焼き」。骨せんべいを添え、揚げ銀杏、蕎麦生地のチップス、谷中ショウガや季節の飾り葉をあしらう。醤油をポトッと落とした大根おろしとスダチでいただくのも美味。

この料理の誕生のきっかけは20年ほど前。まだ新宿御苑の近くに前身の『大木戸矢部』があった頃までさかのぼる。
「秋になってサンマをお出ししても、半数の方が一番美味しいワタを召し上がらない。なんとかしてワタを食べていただきたいと思って考えたのです」と矢部さん。

当初は三枚におろしてワタ付きの中骨を焼くなど試行錯誤したが、骨をすべて取り除き、一度取り出した内臓を詰めて焼き上げるという現在の形に行きついたのは、約15年前。移転して屋号も改め、『銀座 矢部』になってからのことだ。

「骨がないと焼き上がる時間が短縮できるので、脂が落ちてしまう前に身に火を通すことができます。ふっくらジューシーに美味しく焼き上がるし、アニサキスの心配もなくなります」と矢部さんは語る。

私がこの料理を食べ始めたのは最終形になってからだが、サンマに付きものの小骨を気にすることなく安心して齧りつけ、ワタの味も楽しめる、まさにサンマの旨さを丸ごと味わえる料理だと感激した。

常連がみな「サンマはまだか」と騒ぐのもよく分かる。決して高級な食材ではないサンマを見事な美味に昇華した矢部さんの傑作である。お客様の声に応えるため、矢部さんは今年もサンマがある限り、買い続けるという。

矢部流サンマの目利きとは?

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矢部さんが理想とするサンマは腰が太く、ハリがあるもの。そして鮮度を重視する。10年ほど前までは2㎏入りの箱に7匹、つまり1匹300g前後のサンマが入荷することもあったが、この日は14匹。半分の大きさしかない。10月上旬は12匹の時もあったが、鮮度がよくなかったという。

産地は根室沖のものが多い。昔は沖に出てすぐに獲れたから鮮度がよかったが、今は1000㎞先まで行かないとサンマがいないため、その分、鮮度に影響が出る。

鮮度が悪いと、捌いた時にワタが流れてしまうと矢部さんはいう。見分け方はサンマの腹側にある肛門と生殖器の2つの穴。鮮度がいいものははっきりと穴が見えるが、悪いと穴が繋がってしまい、周囲も黒っぽくなってしまう。

実際、この日に矢部さんが「骨なし秋刀魚の塩焼き」用に選別できたのは、入荷した50匹の半分にも満たなかった。

sme0010c肛門と生殖器。鮮度が落ちると右のように繋がり、そこからワタが出てしまうのだという。

秘技! 骨を完璧に取り除く庖丁仕事

サンマの塩焼きを好まない人のほとんどは、「小骨を取るのが面倒」「内臓の苦みが苦手」だと言う。私自身は、骨を外しながら、そこに付いている身にしゃぶりつくことが楽しみだと思っているが、それは少数派であると自覚している。

だから、矢部さんは「骨なし」と謳い、徹底して骨を取り除く。
まず、ワタを傷つけないよう背開きにする。ワタを外し、中骨を取り除き、両サイドにある腹骨は庖丁の切っ先(きっさき)で1本ずつ外すようにして切り離す。

これが、矢部さんの秘技であり、彼の脇で見ていた弟子も、独立して実際にやってみるとできないという。それでも残る小骨を骨抜きで徹底的に取り除けば、最初の関門は突破だ。

sme0010d庖丁の刃先を小骨の下に入れ、皮を破らないよう動かして切り離す。

苦みのないピュアなワタの旨み

もう一つの関門はワタの処理。「内臓の苦みは胆のうや脾臓(ひぞう)、そして腸や肛門に残る内容物によるもの。これを掃除してやれば、ワタの旨みだけが味わえます」と、矢部さんは解説しながら手を動かす。

町の定食屋でサンマの塩焼きを食べると内臓からウロコを感じることがあるが、それは腸に残っているからだという。私たちがこれまで「サンマの旨み」だと誤解していた苦みを取り除いた矢部さんの塩焼きは、ワタのピュアな味と身の旨さを感じる。

この傑作には、内臓の処理以外にも、脂をスプーンですくってワタに重ねたり、身の厚みを均一にしたりと、数々の工夫がある。それに関しては以下のレシピをご覧いただきたい。捌き方から成形、焼き方まで、随所に潜むコツを知ることができるだろう。

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