産地ルポ これからの和食材

大阪の名産地・貝塚で『王子春星園』が育てる木積筍

大阪府貝塚市の東部にある木積(こつみ)は、昔から営農が盛んな山間地区。竹林の赤土が粘土質で筍を育てるのに向くことから木積筍の名声が高まり、朝掘りがすぐ届くとして大阪で珍重されてきました。その中でも「アクもないし、やわらかくて、何より香(かざ)がええ!」と連載「上野修三の古典」でお馴染みの上野修三さんが30余年前に注目したのが“王子(おうじ)さんの筍”。以来、『王子春星園(おうじしゅんせいえん)』は関西の料理人の信頼を集め続けてきました。4月上旬の朝まだき、王子裕允(ひろまさ)さんの竹やぶを訪れ、収穫に密着しました。

文:中本由美子 / 撮影:東谷幸一

目次

王子裕允さんは36歳。祖父は上野さん曰く「ワシは日本一、筍を仰山掘った男じゃ!」という豪傑な人だったとか。造園業を営んでいるが、筍のシーズンは専業農家に。
県道20号線から軽トラで山道を10分ほど上った辺り一帯が、『王子春星園』の竹やぶだ。土作りのため、年に数回、肥料を与えると言う。
細い竹の棒の下には、ひび割れ。大きく割れていると、その下には大きな筍があるのだそう。
ひび割れの下の土をかきわけると、筍の先端部が覗く。このくらい土の中に埋まっていると、太陽に当たらないため淡黄色。
竹の根は土中に縦横無尽に張り巡らされている。この根からちぎり取るようにして収穫するため、筍を傷つけないよう、鍬は少し離れたところに。

土から芽が覗く前に掘り出す

4月5日の早朝4時。王子裕允さんは、ほの暗い竹やぶの中、たった一人で筍を掘り始める。取材班が到着したのは6時。20㎏入るというカゴはすでに2つが朝掘りの筍で埋まっていた。

竹やぶの中で我々取材班が歩く道は限られている。一歩でもその道からそれると、足が数㎝は沈む。土がふかふかなのだ。早朝のこととて、その土は夜露をたっぷりと含んでいる。よく見ると、至る所に細い竹の棒が刺してある。この下に筍がある、という目印なのだそうだ。

「昨年はさっぱりやったけど、今年は豊作でね」。王子さんは顔を綻ばせながら、その目印へと近づいていく。土の表面がわずかにひび割れている。筍は上へ上へと成長するため、土を盛り上げ、それがひび割れを作るのだ。
「姫皮の先が土から覗く前に収穫するのがベストです」。

そのひび割れにトンガと呼ぶ鍬(くわ)を優しく入れ、土をかき分けていく。淡黄色の先端部が顔を出すと、その向きを見て鍬を入れる位置を定める。30㎝以上離れたところにザクッ。すると、静まり返った竹やぶの中、ブチブチッという音が響く。強靭な竹の根が次々とちぎれる音だ。そこからテコの原理で土を持ち上げていくと、筍の姿が現れる。小ぶりな筍もあるが、この日は40㎝を超えるほどの大物が続々。「これは上野(修三)さんが喜ぶヤツやなぁ」と王子さんが笑顔を見せた。



土を重ねて、ふかふかのベッドを作る

筍農家が作るのは、筍でなく、土だと言われる。
もとより木積地区は水に恵まれ、竹やぶの赤土は筍を育てるのに最適な粘質と養分を持っている。粘土質の土の中で育つ筍は、いわば土に密閉された状態。筍は陽や空気に触れれば触れるほどアクが出るのだと、王子さんは言う。だが、それだけでエグ味の少ない香り豊かな筍が育つワケではない。ストレスなく、すくすくと育つのにふさわしい環境が必要だ。

そのために、王子さんは土を作る。
竹やぶには、ところどころボコッと巨大なくぼみがある。これは土を取った跡で、その土を竹が密集するあたりに撒くのだそう。
「年末くらいから始めて、2月の終わりまで。繰り返し繰り返し、土を重ねていくんですわ」。
そして、春を迎える前に土づくりを終える。

気温が上がると、筍は急速に成長する。木積では、3月の半ばころから収穫が始まると言う。
この頃になると朝日も早く昇り、土中の筍はどんどん育つ。「気を抜いたら、先端部が土から覗いてしまう。4月の最盛期は朝2時から収穫ですわ」。

「あ~これは遅かったなぁ…」。王子さんがため息をもらしながら入れた鍬の先、顔を出した筍の先端部が少し緑がかっている。「先の皮も少し黒いでしょう。これは一級品としては出されへんなぁ…」。ひび割れからほんの少し芽が覗いていたようだ。王子さん曰く、少し陽に当たっただけで、わずかながらえぐ味を持ってしまうのだそう。

筍は、夜のうちに親竹から養分や水分を吸い上げ、朝を待って成長するという。だから、朝掘るとみずみずしく、肌もしっとりとしている。筍は朝掘りに限ると言われるゆえんだ。

王子さんが掘りたての筍を少し切り、「食べてみる?」と勧めてくれた。真っ白なその一片を齧ると思わず声が出た。まるで梨だ! シャリシャリと歯ざわりよく、風味は爽やか。そして驚くほど甘かった。アク? そんなものは微塵も感じられない。

朝8時すぎ、筍の入ったカゴは4つになった。これを軽トラにのせ、王子さんは急いで集荷所へと向かう。近隣の筍農家も到着し、日陰ですぐさま「株切り」。筍の根元の表面にはボツボツと赤みがかったイボがある。根になり始めている部分なので硬い。ここを切り落として、筍を選定していく。

9時前、小さな集荷所には100本以上の筍が並んだ。これから段ボールに詰め、10時には宅急便で料理屋に送ったり、市内の青果店が受け取りに来たりするのだという。
「筍は不作と豊作の差が激しいんです。早朝から掘ってカゴ1つ分という年もある。上野さんのように昔からのお付き合いの方々を大事にしたいから、それほど販路を広げられないんですよね…」。

木積筍の旬は4月。新春から筍が出回る昨今、3月にはもう食べ飽きた…なんて声がお客から聞かれると言うが、王子さんの筍を待つ料理屋は「驚くほどアクがないので、4月になったら、直焼きとか直煮とか、木積筍でないとできない料理を作ります」と口を揃える。王子さん曰く「最盛期は2週目」。今年は豊作というから、狙い目だ。

→木積筍の料理は「上野修三の古典」にて配信。


握ると指の形が付くほどに粘土質。朝の土はとりわけ水分が多いため、しっとりしているが、足で踏むと驚くほど柔らかい。
一つのカゴには約20㎏の筍が入るという。今年は豊作ゆえ、小1時間でこのカゴが一杯に。
株切りを終えた筍が、集荷所にズラリ。手前2列は松竹梅の「松」。1㎏超えの大物が揃う。
「上野さんへ」と預かった筍は1㎏超えの大物が3本。土付きのまま段ボールに入れ、一枝の笹を添えて。
集荷所に集まった、王子さんの仲間。左は南 市郎さん、右は南川武司さん。『王子春星園』の筍を購入希望の方は、大阪市の『セレクト(Select-vegetables market)』に問合せを。

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