『神楽坂 石かわ』×現代作家

×丸田宗彦vol.2【一問一答】枯れ味の中に潜むコンテンポラリーな感覚

子供の頃から、裏山に転がる古窯跡の陶片に自然と親しんできた『内田皿屋窯』の丸田宗彦さん。昔ながらの方法にこだわり、自ら土を掘り、藁灰(わらばい)や土、長石、鉄など様々な素材から釉薬を作り、登窯と穴窯を使い分けながら作陶に励んでいます。古陶に倣いながらも、個性と現代性を盛り込んだ唐津焼は唯一無二のもの。佐賀県武雄市にある、広い敷地を擁する理想郷のような工房でお話を伺います。

文:渡辺紀子 / 撮影:竹内さくら / 編集:伊東由美子

Q1:唐津焼の陶芸家を志したのはなぜですか?

ish0003-2a1961年、佐賀県生まれ。80年、濱田篤哉氏に師事。4年の修業を経て地元・黒牟田(くろむた)に帰り、作陶を開始する。87年、結婚を機に現在の『内田皿屋窯』(登り窯)を開窯。93年の初個展以降、唐津といえば、の人気作家に。

父も祖父も陶芸家。いずれ、自分も兄と共に陶芸の道に進むだろうと思ってはいましたが、高校生の時に父が急逝したもんだから、卒業後は、かつて父もお世話になったことのある益子の濱田篤哉(※1)先生のもとに弟子入りしました。4年間の修業の中で、やきものの基本を学ばせてもらい、知的好奇心の趣くままに生活を楽しむことも教わりました。

※1濱田篤哉:重要無形文化財「民藝陶器」保持者(人間国宝)であった栃木県益子の陶芸家、濱田庄司の三男。1957~59年には、イギリス・セントアイヴスのリーチポタリーで、バーナード・リーチらと共に働いた経験を持つ。1986年没。

佐賀に帰ってみると、周囲に古窯跡がたくさんあって、唐津焼の歴史の重みを再認識しました。よそに出てみて初めて気がついたんです。子供の頃、裏山でよく遊んでたんだけど、そこら中に古陶片が転がっていたのも思い出しました。そんな素晴らしい環境が身近にあるのだから、古唐津(※2)を自分なりに作ってみようと思ったんです。

※2古唐津:唐津を中心に肥前一帯で作られた古陶のこと。唐津焼の創始期といわれる16世紀後半から慶長元和年間の最盛期を経て、衰退期に転ずる17世紀半ば頃まで、約70年にわたって作られた唐津焼を特に「古唐津」と呼ぶ。

まずは古窯跡を回って、土探しから始めました。唐津焼は土味が仕上がりに強く出るのが特徴なので、いい土に巡り合えたら、あとは形さえうまくできれば、いい作品になる。よく思うのですが、唐津の土は、同時に釉薬のようでもある。そのくらい、土に味わいがあるんです。

古唐津を目指すなら、昔ながらの作り方でやらないと。土屋さんの土や店で売ってる釉薬では、みんなと同じになってしまうし、そもそも古唐津とは呼べません。だから、あちこちに土を探しに行きました。今も自分の手で掘ってます。釉薬も近所の農家の方に分けてもらった藁から作っています。昔の人はみんなやってたことですからね。当たり前のことなんです。

ish0003-2b焼成の際に、倒れないよう四方から支える道具。窯の横に整然と控えていた。

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