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懐石料理×うどん、の発想が面白い! 大阪・福島『おうどん 蓬』

大阪・南森町にある懐石料理店『宮本』。その2号店として2023年1月にオープンしたのは、なんとうどん屋でした。といっても、ただのうどん屋ではありません。設え・器遣い・料理……その随所に、日本料理の技やもてなしの心が息づいています。じわじわと食通の間で話題となっている、そのスタイルを紹介します。

文:阪口 香 / 撮影:東谷幸一

目次


懐石料理『宮本』が手掛ける、うどん屋

黒壁のアプローチには蹲(つくばい)を照らす灯り。扉を開けると、シックな雰囲気から一転、板場を囲うカウンターが映える純日本建築の空間が広がる。鮨屋か割烹かとすら思う設えだが、ここは2023年1月にオープンしたうどん屋だ。

『おうどん 蓬』の店内設計施工は日本建築のスペシャリストが集う「三角屋」。壁は極細の晒竹(さらしたけ)を組んだ精巧な造り。12席ある椅子も「三角屋」の手によるもので、座席は高いが、ゆったりとした座り心地。中央の書は、辻󠄀村史朗作。

店を仕切るのは、大阪・南森町の懐石料理『宮本』にて、夫・宮本大介さんを支える女将の幸代さん。『宮本』といえば、茶懐石の流れを汲んだ料理、洒脱な器遣い、茶室を思わせる設えながら気さくなもてなしで名高い店だ。

『おうどん 蓬』スタッフ真ん中が宮本幸代さん。福岡の「中村調理製菓専門学校」卒業後、日本料理店での修業を経て、2012年『宮本』の女将に。左は小林雄馬さん、右は辻󠄀調理師専門学校でアシスタントを務めた経験を持つ太田奈穂子さん。厨房を囲うカウンターは板場との間に遮るものがなく、調理や盛り付けの様子が窺える。「料理教室を開催したいというスタッフがいるので、その可能性も考えて」と幸代さん。

その2号店として誕生した『おうどん 蓬』。アラカルトや小料理屋なら理解できるが、なぜ今、うどん?

「理由はいくつかあります。日本料理の命である美味しいおだしを味わっていただきたかったこと、敷居が高く思われがちな懐石料理を気軽に楽しんでいただきたかったこと、『宮本』で扱う食材を有効利用したかったことなど。それらを叶える形態がうどん屋だったのです」。

そう、ここはうどんだけを提供する店ではない。
昼夜共に一品料理を用意し、夜は「おきまり」から始まるスタイルを提案。うどんで締める前に、懐石料理の一部を一品として楽しめるよう工夫している。

懐石料理店の強みを生かした“うどん前”

「オープン当初は昼営業のみでしたが、思っていた以上に夜営業をご所望されることが多くて。現在、昼営業は土・日曜、祝日のみで、夜がメイン。お酒と共に楽しんでいただく、蕎麦前ならぬ“うどん前”を充実させたメニュー構成です」。

「おきまり」や一品料理で使う食材には、『宮本』と共通するものも多い。「特に魚は、ピンの部分を『宮本』で使って、残りを『蓬』で使う、ということができ、フードロスにならなくていいですね」。カツオなら、腹側は『宮本』、背側は『蓬』、捨ててしまいがちなブリの尻尾に近い部分は『蓬』で南蛮漬けに、といったことも可能だ。

「おきまり」は先付・八寸のセットで3000円

先付と八寸を順に提供する「おきまり」は3000円。店としては「最低限の売り上げ確保のため」という意味合いもあるが、懐石料理の一部を切り取って楽しめるのは、食べ手としてもありがたい。

この日の先付は鯖のきずし(〆鯖)。2時間ベタ塩した鯖は、昆布をしっかり利かせた〆酢で片身6分ずつ浸けてレアに仕上げる。ホウレン草、ワカメ、針ショウガを添え、ゴマ酢で提供。「福岡名物のゴマサバ(鯖の造りにゴマやネギなどの薬味をのせて食す料理)から想を得た一品です」と幸代さん。

『おうどん 蓬』の「おきまり」の先付先付の鯖のきずし。野菜は、久留米に実家がある幸代さんのご両親が作ったものが多く使われる。

八寸の料理は5種。しっとり仕上げた炊合せや、針のように細く切った長芋素麺など、技ありの料理ばかりだ。一皿に盛り合わせず、小鉢で供し、器の多彩さも愉しませる。

筍と鯛の炊合せにはうどんのかけだしを使い、酒肴にもなる味わいに。うどんが入った茶碗蒸し・小田巻の冷製が組み込まれているのも面白い。

『おうどん 蓬』の「おきまり」の八寸奥田志郎作の折敷にのって登場。上列左から、天然ブリの南蛮漬け。器は兵庫・淡路島の珉平(みんぺい)焼。ニンジンと玉ネギをのせて。中央は、うどんのかけだしで炊いた筍と鯛の子。器は長崎・波佐見町『陶房青』吉村聖吾作の白磁菱形豆皿。右は、小田巻の冷製。器は、細川護光(もりみつ)作。下列左から、セリの白和え。器は阪東晃司作の染付。右は長芋素麺。器は佐賀・有田町『福泉窯』作の染付瓔珞(ようらく)文まゆ形豆皿。

一品料理は遊び心が満載

「おきまり」の懐石に軸足を置いた料理に対し、一品料理には遊び心が満載だ。「選ぶ喜びがあると、楽しいでしょう?」。

『おうどん 蓬』の品書き4月初旬の品書き。おでんの盛合せや、だし巻き玉子など、うどんだしが生かされたメニューも豊富だ。

一見、想像が付かない「包まれてないシュウマイ」や、和食材×洋仕立ての「淡路島新玉ねぎと筍の鶏バーグ」、一番人気の「猪メンチカツ」は、ウスターソースも手作りするという。
あれもこれも食べたくなるラインナップが楽しい。

『おうどん 蓬』の柳川小鍋対馬産穴子の柳川小鍋1200円。たっぷりのささがきゴボウと煮穴子をうどんのかけだしで炊き、卵でとじたもの。粉山椒を振りかけ、三ツ葉を添える。花冷えの季節にちょうどいい、ホッとする一品。熱燗などと楽しみたい。

“懐石のお椀”のような、だしが主役のうどん

『おうどん 蓬』のうどん・トッピングセット夜のかけうどん(小盛り)600円。器は唐津『隆太窯』中里太亀(たき)作。トッピングはきつねあげ200円、長崎県産生わかめ200円。トッピングは他に、温玉(大分『藤野屋』の平飼いたまご)180円、肉600円、梅干し150円も用意。薬味は、青ネギ・すり下ろしショウガ・煎りゴマ・黄柚子の皮。

さて、真骨頂のうどん。品書きには「トッピング」欄が設けられ、注文すると別添えで供される。

「まずは一口、だしそのものを味わっていただきたい。具が入ると味が変わってしまいます。それで、このスタイルに」。口にすると、淡く、スキッとキレがいい。だしの素材は真昆布・鯖・ウルメイワシ。素材の雑味が出ないように煮立たせず、一番だしをひく感覚で作るという。調味は薄口・濃口醤油のみ。みりんは入れない。大阪で親しまれた、“甘いおだし”ではない。

「ファーストタッチから分かりやすい旨みを感じると、食べ終える時には飽きてしまいます。日本料理の椀と同じで、具と合わさることで徐々に味が変わり、最後まで美味しい、と感じていただけたら。その感覚で、トッピングを楽しんでいただきたいですね」。

うどんは滋賀県産の小麦が主体。もっちり食感で、なめらかに喉を通る。「あくまでも主役はだし。小麦の味が立ち過ぎないものを選んでいます」。打った麺は少し短めに切り、啜(すす)った時にだしが飛びにくいよう配慮。

薬味のショウガはすりおろした後、さらに庖丁で叩く。繊維を細かく切るためで、その際には色が変色するのを防ぐため、鉄の庖丁を使う。ゴマは、生ゴマを煎った後にすり鉢でするのではなく、庖丁で細かく刻む。「この方が、上品な香りが立つので」。日本料理の技や心遣いが、随所に息づく。

細心のもてなしで、一段上行くうどん屋に

「『宮本』を営業する中で『こうしておくと良かったな』と感じていた部分を解消できたのも良かったですね」と幸代さん。

例えばトイレ。車椅子でも使いやすいよう、扉の横幅や空間を大きくとり、洗面台は立った状態でも座った状態でも使える高さに設置した。個室にはベンチシートを設置し、小さな子どもがいても過ごしやすいように。車椅子やベビーカーで来店するお客に対しては、段差が少ない裏口からの入店を薦める。

空間、器使い、料理の総合力に細心のもてなしが掛け合わされ、一段上行く“うどん屋”のカタチが完成した。


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