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博多を発信! 『冷泉町 いとちん』の20皿コース

小ポーションで供すこと、なんと20皿。『冷泉町 いとちん』のコースは軽妙ながら、一つ一つに日本料理の技が冴えると話題です。「いとちん」こと、店主の伊藤孝晃さんは、日本各地、さらには海外での経験をひっさげ、地元・博多に凱旋。考え抜いた“県外からのお客が博多で食べたい”コースのカタチを紹介します。

文:阪口 香 / 撮影:中西ゆき乃

博多の食文化をいかに楽しく伝えるか?

飲食店ひしめく福岡・博多。和食においても日本料理店や寿司屋、居酒屋や屋台まで幅広いジャンルがしのぎを削っている。

「15年ほど前まで懐石(会席)料理を提供する店ってほとんどなくて、増えたのは近年のこと。本来、博多っ子は居酒屋のように奇を衒(てら)わない料理と地酒を楽しめる、ざっくばらんなスタイルが好きだと思うんです」。

店主・伊藤孝晃さんも筋金入りの博多っ子。中学生の頃、屋台でのやりとりに魅せられて料理人を目指したという。

was8278b伊藤孝晃さんは、1975年生まれ。広島・福山の割烹店で修業をスタートさせ、大阪・難波の「あじびるグループ」の和食部門で3年、『なだ万』グループで計4年、東京の京料理店で煮方を3年経験した。その後、マレーシアの「ホテル日航」(閉業)の和食店へ。帰国後、埼玉の割烹でカウンター仕事を学ぶ。『博多磯ぎよし』の立ち上げを手伝った後、櫛田(くしだ)神社の参道にて2019年5月に『冷泉町 いとちん』開店。奥様・晴香さんと共に店を切り盛りする。二人とも櫛田神社の奉納神事で700年以上の伝統がある祭り「博多祇園山笠」が大好きとか。

ホテルの厨房にカウンター割烹、居酒屋。都心に地方に、海外まで。多彩な武器を携えた伊藤さんは愛する地元への恩返しとして、博多の知名度を上げられるような店を作りたいと考えた。

「地元の人から親しまれるスタイルに加え、県外や海外の人が食べたいと思う料理を作る必要があると思ったんです。僕だったら郷土料理を食べたい。食べることは文化を吸収することに繋がりますから」。

そこで、水炊きやがめ煮、博多雑炊など、県外のお客にも馴染みある博多料理を組み込んだコースを考えた。酒肴を織り交ぜ、小皿でなんと20皿。8800円、11000円、16500円で使う食材を変え、どれも懐石(会席)料理の献立の流れでなく、お客とのやり取りの中で流れを作る軽妙なスタイルだ。

郷土料理はブラッシュアップし、印象的に提供

コースの流れは流動的だが、郷土料理を印象的に魅せる工夫はある。

「名刺代わり」という水炊きのスープは1品目に提供。
浮かべた鴨頭(こうとう)ねぎ以外に具はなく、意識は若鶏の濃厚でピュアな脂に向かう。深い甘みと旨み。大衆料理の印象は皆無で、そのギャップが食べ手の心を掴み、コースの幕開けとなる。

was8300c器は、明治創業の和菓子店『石村萬盛堂』の待ち合いで供される鶴乃子湯呑みを使用。「飲食店には卸していないと言われたのですが、『博多料理を県内外に発信するコースの、最初の器として使いたい』と懇願しまして」。通常の湯呑みより少し小ぶりで、上品な印象。夏の暑い日は冷たいお浸しの後、優しい味わいの吉野煮を提供する際はその後など、2品目に提供することも。

朝挽きの鶏のガラは水から煮て、臭みの原因となるアクは出るなり徹底的に取り除く。蓋をして中火で1時間煮た後、「本来の水炊きならガリガリ骨を削ってとろみを付けるのですが、臭みが出てしまうので」軽く身をほぐすのみ。6~7時間かけて徹底的に臭みを飛ばすように火を入れ、乳化させる。

濾したなら、調味は塩のみ。旨みがのってない時は極少量のみりんや薄口醤油を加える。
「大量にガラを使うのに少量しかとれない」と伊藤さんは苦笑するが、これなら湯呑み1杯でも満足する味に仕上がる。

蕎麦猪口のがめ煮と、通年供す博多雑煮

was8321dがめ煮は、少し冷やして提供。醤油は福岡『髙田食品工業』の甘やかで香り高く、コクがある「やまたか こいくちしょうゆ 月星」を使用している。器は、長崎県で生産される陶磁器・波佐見焼(はさみやき)。『馬場商店』の「蕎麦猪口大事典」シリーズ。伝統的な絵柄に、パグやエボシカメレオンなどユーモア溢れるキャラクターが描かれる。写真はウーパールーパーが描かれたもの。

がめ煮の具は、どんこ椎茸、レンコン、ニンジン、ゴボウ、コンニャク、筍、里芋、親鶏の8種。それぞれさいの目に切り、湯通しして太白ゴマ油で炒めたらザラメを加えてコーティング。「上白糖を使うよりもコクと照りが出ます」と伊藤さん。カツオ昆布だしを加えてじっくり1時間炊く。その間、丁寧にアクを取り、みりんと濃口醤油を入れて煮詰める。

福岡をはじめ九州の醤油は全体的に甘いものが多く、使用する「ヤマタカ」もその一つ。「甘い醤油は郷土の味。これを使ってこそがめ煮なんです。コクも加わりますしね」。

作り立てを出すこともあるが、なるべく2~3日置き、味を馴染ませて提供。器に合わせて切った具のサイズ感、冷やすことでくっきりする味の輪郭が、酒のアテとして楽しむのにちょうどいい。

was8393e博多雑煮。正月料理だが、1年通して提供する。特徴であるカツオ菜がない時季は、小松菜を使用する。

煮物椀代わりに供すのが博多雑煮。「博多は商人の町でしたので、縁起担ぎのカツオ(勝男)菜を使うんです。ちょっとカツオのような味わいと苦みがありますね」。

本来はごった煮だが、伊藤さんはそれぞれ下ごしらえをして椀で合わせる。カツオ菜は下茹でして八方地に浸け、どんこ椎茸と若鶏はカツオ昆布だしで炊いておく。ブリはベタ塩して2時間置いて霜降りする。餅や紅白かまぼこと共に盛ったら、蒸し煮したトビウオとどんこ椎茸のだしを張る。

寿司屋のアテのように、ちょこちょこ、いろいろ

郷土料理の合間には、小皿で酒肴が供される。

例えばサッと昆布だしで炊いた唐津のいろは牡蛎。小粒ながら深い甘み、ミネラル感で満たされる。
カラスミは2枚並んで登場。1枚はボラ子の塩抜きに秋田の日本酒「新政」を使ったもので、スライスした表面にも塗って供す。もう1枚はウイスキーの「響」を使って同様に。

造りなら、イカの裏と表に細かく庖丁を入れて甘さと柔らかな食感を引き出し、糸造りに。ウニをのせ、黄身醤油を垂らして「ねっとり三重奏です」と供す。

「寿司屋のアテをイメージしてます。ちょこちょこ、いろんな酒肴が出てきたら楽しいじゃないですか」。

締めは、ほうじ茶で炊いたご飯。塩鯖と明太子をのせ、客前で豪快に炙る。
鯖の脂や明太子、ほうじ茶の燻し香が重なって最後にもう一度食欲をくすぐられる。

was8454_8393fゴマサバが名物であるように、福岡県民は鯖好き。5%の塩水に漬けて程よく水分を抜いた鯖をフライパンで焼き、明太子と共にほうじ茶ご飯の上に盛る。米は「糸島の夢つくし」を使用し、ほうじ茶に1時間漬けてから炊く。

全体を通して、料理の趣きは至ってシンプル。「博多っ子の気質ですかねぇ。博多弁でつやつける、つまり、カッコつけるのが嫌なんですよ(笑)」。青かいしきや飾りも一切使わず、造りにツマや大葉を添えることもない。「やるなら、ヤイトガツオのヅケに炭焼きのナスを添えるなど、魚と野菜の相乗効果で美味しくなるものを作りますね」。あくまでも味本位に仕立てることに心を砕く。

日本酒は人で選ぶ

独自の多皿コースに、伊藤さんは実に上手く酒を添わせる。先のがめ煮なら、醤油の甘やかな香りに重ねるよう、同じく甘い香りの地元の酒「若波」を。昆布だしで炊いた牡蛎には山口県の地酒「東洋美人 地帆紅(じぱんぐ)」のミネラル感を添わせるなど。
半合や1合での注文もアリだが、「お酒はお任せ」とお客が言えば、自慢のラインナップの中からテンポよく供していく。

揃える日本酒は30~40種。全国津々浦々の酒が並ぶが、酒屋は一つ。博多の『とどろき酒店』。店主の轟木 渡さんに縁を繋いでもらい、蔵を訪ねて選んだ酒も多い。

「『地帆紅』の澄川杜氏って、めっちゃカッコイイんですよ! 『僕はブームじゃなくて、文化を作ってるんだ』って。もうね、心を鷲掴み。僕、以前は他店の評価や予約が取れない状況とかに嫉妬や羨望がありましたけど、その言葉を聞いて、こだわるのはそこじゃないな、と。博多の文化を発信して、一人でも多くの方に知っていただきたいって改めて思ったんですよね……」。

伊藤さんは料理を作りつつも、日本酒のことになると話が止まらない。「『大将、はよ料理作って』って妻によう言われます」と苦笑する。

was8291g左より、熊本『花の香酒造』の「産土(うぶすな)」。淡くてキレイで、すいすい飲める。/福岡『山の壽酒造』の「宗像(むなかた)日本酒プロジェクト」で造られた「JAPANESE SAKE YAMANOKOTOBUKI」。伊藤さん曰く「めちゃくちゃ美味しい食中酒!」。香り、旨みのバランスが良い。/山口『澄川酒造場』の「地帆紅」は、華やかな香りとすっきりした甘み、ミネラル感が特徴。「『おかわり』が多いお酒です」。/長崎『重家(おもや)酒造』の「よこやまSILVER7」。酒造好適米の山田錦を壱岐で初めて栽培し、醸している。ピチピチした発泡感とキレイな味わい。/福岡『若波酒造』の「若波 純米吟醸 山田錦」。甘い香り、フルーティな味わいだがキレもある。

郷土料理で地元の味をきっちり伝えつつも、気さくな「うまいもん屋」のごとき多皿構成で、とことん楽しませる。それもまた博多らしさの表現だと伊藤さんは考えている。そして、愛する我が町への夢を、こんな風に膨らませている。

「食べ手に広げるだけでなく、『博多料理屋』の暖簾を掲げる料理人が出てきてくれたら嬉しいですね。いつか、京料理と同じ感覚で『博多料理を食べに行こう!』と言ってもらえるような街になったら最高です!」。

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