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一品料理を貫く、東京・三田『宮わき』の割烹道

かつては花街だった荒木町(四谷三丁目)からこの秋、ビジネス街の三田に移転した『宮わき』。店の外観は以前よりも伝統的な日本料理店の趣となりました。中に入ると8席のカウンターと二つのテーブルがゆったりと置かれ、4人まで入れる個室も出来ました。しかし、店主の宮脇健太さんの料理スタイルは変わりません。荒木町時代と同じように、メニューは一品料理だけ。お客様に料理を選んでいただくシステムです。コース全盛の今、なぜアラカルトにこだわるのか。宮脇さんの料理哲学を紐解きます。

文:柏原光太郎 / 撮影:綿貫淳弥

目次


東京では希少な単品割烹として

東京の高級日本料理店は今、ほとんどがコースオンリー。アラカルト対応の店は本当に少ないのが現状だ。

考えてみれば、店は原価を安く抑えられ、客にしても考えることなく美味しいものが出てくるコースは、どちらにとってもありがたい存在。そんな中、三田の『宮わき』店主・宮脇健太さんは、2012年の開店当時からあえて一品料理だけを供し続ける。

その背景には、彼の修業先である恵比寿『吉住(よしずみ)』、荒木町『京料理 八平(やへい)』が共にアラカルト主体の割烹であり、特に彼が師匠と仰ぐ『八平』主人の「客には好きなものを食べてもらえばいい」という教えを守っていきたいという思いがあった。

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宮脇さんが独立したのは、28歳。荒木町の路地にあった料理店を居抜きで引き継いだ。カウンターとテーブルのみで狭かったため3年ほど前から移転先を探し、ようやくこの場所が見つかった。

「席数は少なくてもいいから厨房を多くとりたかったんです。それもアラカルトをやりたかったからですね。そして、どうしても欲しくて個室を作ったのと、趣味のワインを保存するワインセラーにはこだわりました」。

旬味をストレートに楽しませる品書き

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毎日書き換える品書きには、70~80種類が揃う。自家製山椒タルタル、出汁巻たまご、兵庫のブランド牛・但馬玄(たじまぐろ)料理、スッポン料理は通年あり、他は季節ごとに変わる。
すぐに提供できる小鉢ものは右上に列記。するとお客は、自然とそこから1~2品選ぶ。それをつまみながら、下段にある揚げ物や焼物などを吟味できるような構成になっている。

手慣れた客はその日に食べたいものを好きなように頼む。「お造りを必ず頼まなくていけない」などといった堅苦しい決まりはないから、小鉢の後にカキフライやビフカツなど揚物ばかりを頼む常連もいるという。

初めて来店したお客が「おまかせで」という場合は、季節の食材を中心にオーソドックスな構成を提案。秋ならば、小鉢数品に土瓶蒸し、お造り、焼物、アワビかスッポンの料理などを組み合わせ、12000~15000円くらいの値段に整えることが多い。

「うちは居酒屋ではありませんから、料理でそれくらいのものは食べていただける方をお客様として想定しています」。
ただし、たくさんの種類を食べたいから料理をシェアしたいという要望は大歓迎。その場合はお客の関係性をうかがいながら、あらかじめ盛り分けて出す場合もあれば、小皿に取り分けてもらえるよう一盛りにすることもある。

was0019c栗渋皮煮の揚げだし1500円は、注文を受けてから栗の渋皮煮に片栗粉を付けて揚げ、カツオ昆布だしに塩と薄口醤油数滴のさらりとした合わせだしをかける。イワシ梅煮1000円は、立塩をしたイワシを酢水で下煮。水に酒と梅干しを入れて約1時間煮た後に砂糖、醤油で味を調えてから保存し、冷たい状態で供する。

品数が多いだけに、宮脇さんは小鉢のようにすぐに提供したい料理は、ぎりぎりのところまで事前に仕事を終わらせている。

例えばイワシ梅煮は出来上がったものを保存しているから、切り分けるだけで提供できるし、栗渋皮煮の揚げだしは、揚げる・合わせだしを仕立てるといった作業を3人の弟子と分担して段取りよく。

弟子にとっても毎日これだけの仕事を覚えられるのは財産だろう。一品料理ばかりだと賞味期限の関係でお客様に出せない食材が多くなるが、弟子のまかないになるのならば決してロスではないと宮脇さんは言う。

「豊洲には毎日行きますが、食材の産地にはこだわりません。フグは西がいいと一般的には言いますが、最近は相模湾もいい。鯛も淡路島や明石だけでなく、千葉の竹岡揚がりも使います。近郊の仲卸の方が会う頻度も高くなって付き合いが深まる。そうすると、いいものを紹介してくれますからね」。

was0019dお造りは岩手・大船渡の本マグロ、宮城のマコガレイの身と縁側、北海道のウニ。愛知の車エビは霜降りにすることで甘みを増す。どれも豊洲で自身の目利きで選ぶ。刺身は常連からも「みつくろって盛合せにして」と言われることが多く、これで2人前8000円ほど。ひとり1カンずつ味わってもらえるように考える。

宮脇さんと弟子たちがカウンターの中をてきぱきと動き、自分の料理が仕上がっていく様が見えるのも、『宮わき』のご馳走の一つだ。
奥に厨房はあるが、刺身は目の前で切り、盛り付け、焼物も串打ちから始める。

was0019eこの日の焼物から選んだのはシシャモ。「うちはオスしか使いません、今日のは状態がよくておすすめです」。高級割烹ではなかなか出ない素材だが、皮はパリッ、中はホクホクに焼いて、熱々にかぶりつく楽しさを味わえる。この日は2000円。

名物は「自家製山椒タルタル」

日々変わる『宮わき』の品書きだが、常に最初に記されるのは10年ほど前から「自家製山椒タルタル」。
湯がいた生の実山椒を潰して玉ネギ・卵と合わせ、柴漬けを味の決め手に。宮脇さんにとってシグネチャーメニューであり、常連の一番人気でもある。

カキフライの脇にたっぷりと添えた一品もいいが、タルタルだけを注文し、日本酒をちびちびとやるのも楽しい。以前訪れた時は添えてあるだけでは足りなくなり、追いタルタルをしたほど。

「でも創作料理は山椒タルタルくらいで、他はどれも昔からの古い料理ばかりなんですよ。トリュフは使いませんし、養殖の魚料理も出しません。今の時代だと個性がないと言われてしまうかもしれませんが、古い料理を現代的な味わいに変えていくのが僕の流儀だと思っています」。

was0019f師匠から「天ぷらは専門店で食うものだ」と教えられたので天ぷらは出さず、その代わり、季節ごとのフライを充実させる。晩秋から初冬なら、自家製山椒タルタルを添えたカキフライ(取材日は2000円)や、鱧、雲子のフライなど。但馬玄のビフカツは通年あり、人気も高い。

 
was0019gすっぽん○鍋3500円。1㎏以上の大きさのスッポンは浜名湖の『服部中村養鼈(ようべつ)場』から。水と酒だけで30分くらい煮出して薄口醤油で調えるだけなので、しっかりした味なのにくどくない。日本酒はもちろんだが、ブルゴーニュのピノノワールが合いそう。

一品料理でなければ、できないこと

コロナ禍を経て、日本料理の世界は変わらざるをえなくなっている。これまでは接待中心の個室会食が多かったが、その需要は激減。これからは本当に食べることが好きな食いしん坊に“選ばれる存在”でなければならない。

しかし、コースに慣れたお客からは、品書きから料理を選ぶことが面倒という声も聞く。コースが主流になったことで、お客の「注文力」が磨かれる機会は格段に減ってしまったのだ。

かつては季節ごとの食材を知り、それを美味しく調理するにはどうしたらいいかを知らなければ旨い料理は出てこなかった。客はたくさんの料理をこなし、店主と丁々発止することでその術を会得していった。

一品料理しかない『宮わき』は、そうした経験をするのに最適な料理屋だ。決して面倒な店ではない。

「アラカルトしか出さないのは、自分が好きだからです」。
宮脇さんがこう言うように、この店には季節の食材を選び、自分の好きな料理を自由に食べる快感がある。

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