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料亭仕事と割烹的パフォーマンスに円熟味あり。富山『御料理 ふじ居』

2019年8月、富山駅近くの五福から、富山湾に面する東岩瀬地区に移転した『御料理 ふじ居』。門構えから館、カウンターから見渡せる庭など、お客を圧倒するのはその空間だけではありません。緻密で端正な姿に仕立てる料亭仕事に、座を沸かせるパフォーマンス。富山の食材を生かし切る、潔さ。
店主・藤井寛徳(ひろのり)さんは、2022年に発行されたレストランガイド「ゴ・エ・ミヨ」で「明日のグランシェフ賞」を受賞。現在、注目を浴びているその理由を紹介します。

文:阪口 香 / 撮影:田中祐樹

目次


館に負けない料理を作る、という覚悟

was0013_0015b元は廻船問屋だったという建物を建て替え、立派な屋敷に。庭は元からあったものに手を加えている。カウンター6席と個室1室がある。

江戸時代後期から明治時代に北前船の交易で栄え、今なおその町並みと文化が残る、富山市東岩瀬地区。このエリアの街づくりを手掛けていた「満寿泉(ますいずみ)」で知られる日本酒蔵『桝田酒造』桝田隆一郎氏の声かけにより、『御料理 ふじ居』は富山市五福から移転した。「館の設計にも携わらせていただきました。移転前は割烹スタイルで、お客さまに目の前での調理を楽しんでいただいていたので」、個室も擁する料亭の構えだが、メインはカウンターだ。「とはいえ、移転直後はこの館に料理が負けないか、不安な部分はありました。最近ですね、覚悟ができたのは。グルメガイド本などで評価をいただいて、見られる立場になって、責任感が生まれたんだと思います。誰にも文句を言わせない、精倒な料理を作ろう、と」。

was0085c店主・藤井寛徳さんは1976年、富山市婦中町生まれ。東京の調理師学校を卒業した後、石川県金沢市の料亭『銭屋』で5年間、京都・祇園の『味舌(ました)』で6年間修業をした後、富山『海老亭別館』で3年間料理長を務め、2011年に独立した。

旬の白エビは、先付と椀に仕立て、違う魅力を楽しませる

「『銭屋』と『味舌』、どちらも住み込みで修業させていただきました」。

料理人としての基礎を築いた後、特に細やかな料理や、季節の映し方を覚えたのは『味舌』だったという。滋賀県にある料亭『招福楼(しょうふくろう)』出身の店主が営む懐石料理店だ。

その仕事は、一品目から遺憾なく発揮される。
5月中旬、先付に登場したのは、蓬(よもぎ)豆腐と白エビを取り合わせた料理。

was0098d料理は、昼夜共に22000円のおまかせ一本。あられが入った香煎茶で一服した後、提供される先付。この後、煮物椀、造り2種(マコガレイ・カワハギ)、お凌ぎ(大門素麺)、八寸、焼物(サクラマス)or天ぷら(山菜)、小鉢、炊合せ(若竹煮や新玉ネギなど)、土鍋ご飯、アイス(「満寿泉」プラチナ酒粕アイス)、季節の和菓子と続く。

「コースの一品目である先付は、その季節感や歳時を示す大切な存在です」。5月は端午の節句。古来より軒先に菖蒲(しょうぶ)と蓬を飾って邪気を払う風習がある。

県内の里山で摘んだ蓬は茹でてペーストになるまでしっかりと摺り、口当たり滑らかな蓬ゴマ豆腐に仕上げ、端正な四角に切り分ける。旨みが深い羅臼昆布と枕崎の本枯節からとっただしに醤油・みりんを合わせた「うまだし」をはって器に盛り、富山湾で獲れた白エビは軽く塩をしてシンプルに炙ってのせ、花穂紫蘇を天に。

豆腐のねっとりとした食感と、鼻に抜ける蓬の鮮やかな香り、白エビの香ばしさと甘みが拮抗し、バランスのいい一品。鮮やかな緑と爽やかな白色のビジュアルも新緑の季節であることを印象付け、心地よい幕開けとなる。

was0108e煮物椀は、白エビの真丈にワラビと木ノ芽を盛って。

続く煮物椀にも白エビを使うが、こちらは真丈に。
口に含むと、そのふわふわな食感に驚く。香深産の利尻昆布とカツオ節からとったスキッとクリアなだしに旨みが移り、飲み干す頃にはとてもいい塩梅に。
「白エビをしっかり味わっていただきたいので、白身魚のすり身1に対して、白エビ2といった割合。そして、食感を大事にしたいので、繋ぎの大和芋と卵白の割合にも気を遣っています」。

白エビは4月から解禁となるが、造りで出すのは当初だけ。「5月にもなると、他の店で食べられているお客様も多いと思うので。料理屋ならではの仕立てで、違った表情を楽しんでいただきます。目の前が天然の生簀(いけす)・富山湾ですので、漁師さん、仲買人さんが繋いでくれた朝獲れの美味しさを、ストレートに表現します」。

カウンターが沸く、見目麗しく豪華な八寸

was0147f八寸。写真は3名分。大きな木の器は、富山県八尾町(やつおまち)の木工作家・下尾和彦さんによるもの。富山県利賀(とが)村に移転した話題のレストラン『レヴォ』などでも使われる、人気作家だ。

この時季、天ぷらを揚げる前に山と盛った山菜や、6~7月には大鉢に泳がせた神通川の天然鮎を披露するなどしてカウンターを盛り上げるが、座が一番沸き立つのが、ご覧の八寸の登場だ。

was0137g特に目を引くのが、端午の節句にならった粽(ちまき)。等間隔で緻密に巻かれた井草に惚れ惚れする。「なぜ、5月に粽を食べるのか。若いスタッフには中国の故事を伝え、その意味を言えるようになってから巻いてもらうようにしています。『5月だから粽を巻くんだな』ではダメ。上っ面の知識になってしまいますし、料理にも出ますから」。
3日寝かせた富山の真鯛を分厚く切って巻いている。「かなりきつく巻くので、厚さが必要なんです。のびて薄くなってしまうので」。真鯛のねっちょりした食感がたまらない。

「グループの人数分を一盛りにして披露し、その後、各人へ取り分けてお出しします。正直言って手間はかかりますが、喜んでいただけるので」。

野菜は塩茹でした後、お浸しにしてから、細やかな仕事を施す。例えば、スナップエンドウは梅肉と共に提供。その梅肉は自家製の梅干しを羅臼昆布とカツオの粉末と共にすり鉢ですり、醤油・みりんで調味したもの。酸っぱいだけでなく、しっかりとした旨みと共にいただく。そら豆は、富山県五箇山の堅(かた)豆腐をペーストにした、濃厚でクリーミーな和え衣と。叩きワラビはモナカに挟んで。

その他、メレンゲと魚のすり身と合わせたスフレ食感の和風カステラや、湯引きしてポン酢に浸けたフグの白子、ジャコとセロリ和え物など。

「一つ一つの仕事を、日々、どこまで突き詰めるか。庖丁仕事一つとっても、どう切ったら美しいのか、食感が良くなるのか。そういったことの積み重ねが大事だと思っています」。

クライマックスまで圧巻の土鍋ご飯

was0157hホタルイカと木ノ芽をたっぷりと盛った土鍋ご飯。富山県の福岡町赤丸地区の米を使用。「これ以上いいお米に出合っていないんです。10年以上使っていますね」。

蓋を開けるやいなや、歓声が沸く土鍋ご飯も『ふじ居』では定番となっている。この日はホタルイカ。昆布をさして米を炊き、その炊き上がりを逆算してホタルイカを茹で、醤油・酒・みりん・砂糖で煮る。炊き上がりにのせ、軽く蒸らして提供。「食材によっては炊き込みご飯にすることもありますが、ホタルイカはコレが一番。ご飯そのものの美味しさも感じてもらえますしね。タレが染み込んだご飯が、うな重のような感じで美味しいんですよ」と、藤井さん。

帰り際には、この土鍋ご飯のお土産も付いてくる。家で余韻を楽しんだり、もちろん、家族へのお土産にも。終始、藤井さんの「楽しんでもらいたい」という心遣いともてなしが行き届いた眼福、口福に浸る。

was0217i帰り際に手渡されるお土産。左はホタルイカと木ノ芽を添えて、中央はタレがからんだご飯を海苔巻きに、右はおぼろ昆布で巻いたもの。「お土産の量も鑑みて、ご飯を炊いています」。

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この日は、5月16日。毎年、5月17・18日には岩瀬諏訪神社の春季例大祭が行われ、その前日に当たる日は町全体が準備で忙しくなる。コロナ禍は休止となっていたため、『ふじ居』は移転して初めての祭。町の一員として、店の飾りつけや仕出しの準備に励んでいた。

今後、富山の文化が料理に映り、さらに昇華していくはず。藤井さんの人柄に、心意気に惹かれ、期待を抱く仲間やお客が多いのにも頷ける。

was0067_0068_0059_0020k店舗横には、『桝田酒造』の日本酒の有料試飲が可能な『沙石(させき)』がある。食事前や後に訪れるお客も多いとか。左上/店内には、南砺(なんと)市の井波別院瑞泉寺の境内で落雷を受けたというご神木も。8m近くもあるラオスヒノキの一枚カウンターで、立ち飲みスタイルで気軽に楽しめる。右上/220円で試飲用木枡を購入し、1杯200~500円、もしくは30分2000円で、常時100種ほどから楽しめる。「満寿泉 大吟醸 寿」と「シーバスリーガル」の樽で熟成した「リンク 8888」。左下/『沙石』でのみ販売している日本酒も。フランスで作られたガラスボトルの「TOYAMA JAPANボトル 純米大吟醸」(左)とワイン樽で熟成させた「Masuizumi」。右下/店内には、富山県出身の陶芸家・釋永 岳(しゃくなが がく)さんの作品が飾られている。

was0227l『ふじ居』の酒器は、『桝田酒造』桝田隆一郎氏の声かけで『ふじ居』と同じく東岩瀬地区に拠点を移した、ガラス作家・安田泰三氏のもの。他、器は骨董6割、現代作家のものが4割程度。「現代作家さんの器は、富山県の方のものを使っています。地元を応援したいので」と藤井さん。


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