大和当帰の根は薬。葉は料理に活用できる!
畑に足を踏み入れた途端、セロリを凝縮したような鮮烈な香りに包まれた。奈良原産の薬草、大和当帰。
軽トラック1台でやっとの細道を上りきったところに『益田農園』の当帰農場はある。艶やかな濃緑の葉が畝(うね)を覆う。鋭い鋸歯状(きょしじょう)で毛は一切ない。
「全国各地に当帰はありますが、ここ五條の大和当帰は最上質だと言われています。ただし、それは生薬となる根の話で」。園主の益田吉仁さんが若葉をちぎって手渡してくれた。
口に入れると、セリ科特有の濃厚な風味の後に、甘みが滲み出た。「平成24年に食薬区分が改正され“葉”部分が非医扱いになり、これなら食用が可能だと、奈良の飲食店や企業が商品開発を進めているところです」。
絶滅の危機にあった、伝承の生薬
当帰は、各地に常陸(ひたち)、仙台、越後、伊吹など在来種が存在するが、根が生薬となるのは大和当帰と北海当帰のみ。
奈良の当帰の歴史について『果樹・薬草研究センター』の米田健一さんに話を伺った。
「元々、大和当帰は奈良に野生していたもので、栽培は、17世紀頃、五條や吉野郡で盛んだったと確認されています。でも、薬としてはもっと古くから認識されていたのかもしれません」。
東部の宇陀には推古天皇が薬猟(くすりがり)を行っていたという記述もあり、元より奈良と漢方は切っても切れない関係なのだ。
また、特有の自然環境や乾燥方法も、五條の当帰が上質とされる理由だ。
「この辺りは起伏が激しく、深い谷が続く地形です。当帰はある程度の標高があって、急斜面でこそよく育つ習性があると言われています。泥のついたまま2、3カ月はざ掛けすることにより、エキス量もぐっと増すんです。機械乾燥ではこうはなりません。その後、お湯で揉み洗い、形を整えて完成。この手間暇も上質とされる理由ですね」。
しかし、これほどの大和当帰が一時は絶滅の危機にあったという。昭和期に種子が海外流出、安価な中国産が輸入されるようになったこと、高齢化による後継者不足も要因だ。
昭和58年に47tあった生産量が、平成23年には1.4tに激減。「それで県が漢方のメッカ推進プロジェクトを立ち上げ、葉が非医扱いになったのをきっかけに、生産、加工など多角的に活性化を図ったんです」。
大和当帰葉の可能性
実は益田さんが大和当帰を知ったのは、福島県でのこと。震災の翌年の平成24年、経済の助けになりたい一心で、柿のドライチップ加工の依頼に行ったことがきっかけ。そこで現地の人から、奈良といえば品質の良い当帰の生産地であることを知らされたのだ。
「恥ずかしながら、その時初めて知りました。調べるうち、鮮やかな葉に心が惹かれて」。
そして、古い農家から一握りの種を譲り受けた。益田さんは現在約2反の圃場(ほじょう)で当帰の根と葉の両方を栽培する。
当帰は多年草。1年目の春に播種(はしゅ)し、翌3月に苗を定植。そして6月下旬から10月頃まで葉を収穫、霜が降りるまでの間に根を収穫する。ひと畝のみ種の採取用とし、3年目の夏に開花させるのだ。
だが、数年やって見えてきた問題もいくつかある。
「正直、収益性が低すぎます。そして生産過多という矛盾も。問題は薬価の低下と、葉の商品としての出口が狭すぎることです」。
商品開発といっても、まだまだ限定的。知名度も全国的に見ればそれほど高くない。
「薬価は国が決めることですが、葉なら可能性はあると思うんです」。
漢方の世界で当帰は、貧血や冷え性に効くとされているため、特に女性にはお薦めだという。
「ぜひ、大葉の感覚で楽しんでみてほしい。僕は焼酎に入れて飲んでますけどね」。
『五條 源兵衛』に聞く、大和当帰の調理法
10数年前から、益田さんと共に料理への活用法を模索しているのが、五條の野菜を中心とした料理を提供する『五條 源兵衛』料理長の中谷曉人さんだ。
「楽しみ方はいろいろあるのですが、個人的には大和当帰の“姿”を見せた使い方を心掛けています。なぜなら今、奈良県内でも大和当帰を知っている世代が少なくなっているから。どんな植物なのか興味を持っていただける提供の仕方を考えています」。
例えば、五條産の小麦と井戸水を合わせた衣を使った葉の揚げ物。それを塩で勧めるのではなく、刻んだ軸を添えるという。
「軸の繊維に対して垂直に、かつ細かく刻んだものを咀嚼したら、口の中でプチプチと弾け、香りが鼻から抜けるんです。パリパリの葉と、セロリのような風味、そして楽しい食感。口中で多彩な広がりを魅せてくれます」。
手軽に楽しむなら、刻んだ軸を調味料に浸けるだけでもいいという。醤油に浸けて香りを移せば、造り醤油としても使える。また、その醤油を筍に塗りながら焼いて、叩いた葉をまぶしたら木ノ芽焼きのようにもなる。鮎に添える蓼(たで)酢を当帰酢にすることもできれば、乾燥させて砕いた葉を塩と混ぜてもいい。
「牛スジを炊く時の臭み取りにも使えます。“当帰感”を表に出すのもいいですが、裏方としても使える。ポテンシャルの高い食材です」。
葉が収獲できない時季には、刻んで凍らせておいたものを使う。「生命力が強いからか、香りがあまり劣化しないのもいいですね」。
『POWER OF FOOD』の大和当帰の調理法
「薬草と聞くと壁を感じてしまう人が多くて。だから私は日常的な料理に取り入れることを提案しています」とは、奈良・新大宮の薬膳カフェ『POWER OF FOOD』店主の吉田奈麻さん。
定番メニューのおかゆプレートは、大和当帰を使っただしで炊いたお粥に、おかずが数種付く。
「だしは、乾燥させた葉を使います。生でもいいのですが、より凝縮した旨みが出るので」。
お茶袋に入れ、昆布だしやカツオだしに加えて好みの具合まで煮出す。古代米を炊き、春ならショウガ、夏ならハトムギを添えて提供。
「食べているうちに、お腹があったかくなっていきます」。
付合せのおかずにも、すべて大和当帰を使っている。生葉をササミや香味野菜と共に春巻きにしたり、刻んだものをカツオのたたきの上にのせたり。酢と合わせて野菜をマリネしたものも喜ばれている。
新芽の頃の柔らかい葉なら、柿の葉寿司に忍ばせるのも吉田さんのオススメだ。
「粉末を使うのが、一番簡単な調理法。野菜炒めはもちろん、シフォンケーキやクッキー、パンにも使いやすいですね」。
専門家を招き、大和当帰の講演を開催することもある吉田さん。
「先日行った講演で、お客さんの中に黒酢と合わせて使っている、という方もいらっしゃいました。お肉料理やフライものにも合いそうですね。健康に良い上、手軽に和の香りを添えられる、素晴らしい食材です」。
『五條 源兵衛』
【住所】奈良県五條市本町2-5-17
【電話番号】0747-23-5566
https://genbei.info/
『POWER OF FOOD』
【住所】奈良市法蓮町421-4
【電話番号】0742-33-1239
https://poweroffood.shop/
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