産地ルポ これからの和食材

日本で1、2位を争う辛味を持つ、秋田・鹿角(かづの)市の「松館(まつだて)しぼり大根」

松館しぼり大根を教えてくれたのは、東京・神楽坂に今年7月、移転した『日本料理 一凛(いちりん)』の橋本幹造さん。橋本さんは京都の出身。その人をして、こう言わしめます。「聖護院(しょうごいん)大根も足元に及ばないほど、ゴリゴリの大根」。その凄みに一目惚れしてしまったそうです。一体、何がそんなに違うのでしょうか? 関西弁で“ゴリゴリ”の意味するところを確かめに、産地の秋田県鹿角市へ向かいました。

文:伊東由美子 / 撮影:小林キユウ
「松館しぼり大根栽培組合」の組合長を務める山崎道博さんは、現在67歳。40年以上、松館しぼり大根を栽培している。「この大根は硬いから漬物にも向かないし、煮たりもしない。最近は搾るのが面倒くさいからって、大根おろしで食べる人が増えてきた。ステーキに大根おろしを合わせると旨いっていう話も近頃は聞くようになったな」と山崎さん。
11月に入って霜に2~3回当ててから収穫すると甘みがのる。葉は繊維質が固く、エグミが強いので、漬物や料理に向かないため、畑で切り落として、土の中に戻す。大根は土から首を出さない方が、きれいな形になるそうだ。
大根の長さは15cmほど。短いため青首大根よりも抜くのは楽だそう。手で一本一本抜き、畑で葉と根を落として貯蔵にまわす。
畑のある高台から見下ろした松館地区の風景。稲刈りを終えた田んぼが広がり、遠くに米代(よねしろ)川がゆるやかに蛇行して流れる。松館地区は50戸ほどが集まる小さな集落。雪が4月中旬まで残る豪雪地帯だ。

しぼり汁で本領を発揮する辛味大根

秋田に行く前、生産者の山崎道博さんにアポイントを取るついでに、松館しぼり大根の食べ方を聞いてみた。返ってきたのは、意外な答えだった。地元では、大根の搾り汁を醤油などで調味して、蕎麦やイカ刺しを食べるという。冬場は雪の多い山間部と聞いていたので、イカも意外だったが、搾り汁がメインに使われるというのも予想外だった。

山崎さんの畑は、鹿角市松館地区にある。東北自動車道を降り、山崎さんが先導する白い軽トラの後を追う。道幅の狭い山道をくねくねと車で登ると、空が開け、高台に到着した。

「熊やカモシカがしょっちゅう姿を見せる」という山林が控え、この日も猟友会の車が列をなして山の奥へ進む様子が見えた。しばらくして、遠くで鉄砲の音が1発、静寂の中に響きわたる。ここで4軒の農家が松館しぼり大根を栽培している。

現在、松館しぼり大根の栽培面積は1.5ヘクタールほど。山崎さんはそのうちの3分の1を担っている。訪れたのは11月半ばだったが、大根はすでにほとんど引き抜かれ、トラクターですき返した土が姿を見せていた。

「11月も中旬を過ぎると雪が心配だから早く抜きたがる人もいるんだけど、収穫が早すぎても味が物足りない。霜に2~3回当てると甘みがのって、旨くなる」。

松館しぼり大根は8月に種をまき、11月の前半2週間で収穫を終える。今年の夏は、ちょうど芽が出始めた頃に台風が来て、畑が水に浸かってしまった。収穫は無理かと気を揉んだが、なんとか3分の2は成長してくれた。

大根畑のある高台はもともと田んぼだった。国の減反政策により1970年代に転作が進められ、多くはタバコに植え替えられたが、山崎家では、松館しぼり大根を植えた。「じいさんもそのまた前のじいさんも、たぶん自分で食べる分はずっと作ってきたから」自然な選択だったと言う。

1980年には「松館しぼり大根生産グループ」が生まれ、特産品としての取り組みが始まる。

「昔のしぼり大根は、辛味が強いのもあれば弱いのもあって、結構バラつきがあった。人それぞれ好みがあるから、地元で食べる分にはそれでよかったけど、特産品にするには品質を揃えないと難しい。県の農業試験場が在来の『あきたおにしぼり』の種を選抜して、辛味のバラつきをなくしてから、流通にのせられる農産物になった」。

流通にのる前は、定期的に開かれる地域の朝市で、農家が直接売るくらいだったそう。限られた地域で食べられていた大根は、平成に入ると、季節の風物詩としてテレビや新聞に取り上げられることが増え、次第に県内で知られるようになる。2015年に国が施行した「地理的表示GI法」にも2018年に登録し、現在は少しだが東京へも出荷されるようになった。

松館しぼり大根は、辛味大根としては大型で、規格は300~500gのものが出荷対象になる。強い辛味だけでなく、ショ糖由来の甘みがベースにあるのも他の辛味大根と差別化できる特徴だ。これは比較的早い時期に霜が降りる、地域固有の気象条件が関係している。大きな寒暖差は住む人にとっては難儀だが、農産物の味を高める。土の中で育つ大根もその恩恵とは無縁ではない。



土付きのまま冷暗所で貯蔵し、11~3月に出荷

松館しぼり大根はすぐに出荷するものもあるが、ほとんどは畑で葉と根を落とした後、収穫ケースに並べ、陽が当たらないよう小屋や車庫などの冷暗所で貯蔵する。時間の経過とともに、甘味と辛味が深いところで合わさり、味わいを少しずつ変化させながら3月頃まで出荷は続く。

貯蔵は土を付けたまま行われ、出荷の際も土を完全に洗い落とすことは基本的にしない。袋に入った大根が、薄い土色をしているのはそのためで、土のおかげで出荷後の保存性も高くなる。購入後は、袋に入った状態で冷蔵庫に入れておくと日持ちするそうだ。

大根の辛味は皮と身の間に一番多いため、皮付きでおろすのが地元の流儀。「言われるほど辛くなかったという人におろし方を尋ねてみると、大抵は皮を剥いてからおろしている」と山崎さん。辛味の話になると、山崎さんの眼光が少し鋭くったような気がした。

秋田に行く前に教えてもらったように、山崎さんのイチオシは搾り汁に醤油を加え、イカ刺しをくぐらせる食べ方。松館しぼり大根は辛味に加え、熟成すると甘味も増し、この二つが渾然一体となると、醤油とワサビで食べるイカ刺しとは別世界の甘味があるそうだ。他にも、冷奴や湯豆腐も醤油を加えた搾り汁で食べる。「酒飲みが好きな味だな」と山崎さん。

帰り道、山崎さんの大根を使っている『南部手打ちそば総本舗 切田屋』に立ち寄り、おろし蕎麦を頼んだ。すると厨房から、ゴリゴリゴリと大根をおろす力強い音が聞こえてきた。水分が少ないせいか音に凄みがある。

蕎麦が運ばれてくると、大根おろしは、なんとペーパーフィルターにのっていた。それをギュッと力強く搾ると、濃い乳白色の汁が予想以上に流れ出てくる。主役はこの搾り汁だ。そこに蕎麦つゆを加え、二八蕎麦をすすり上げる。しばらくすると、ほんのわずかだが発汗し、体温が上がったような気がした。味だけでなく、体を内側から温めてくれることも、辛味大根が栽培され続けた背景にはあるのだろう。

ペーパーフィルターを開いて、搾ったあとの大根おろしを見てみると、雪を丸めたようにきめの美しい大根が眠っていた。たまらず指で押すと、体験したことのない優しい弾力が返ってきた。地元では搾り汁が主役だが、搾った後のおろしも皿の中で映えそうで、捨てがたい。箸でつまんで口に入れると、しばらくしてパンチのある辛味に体がカッと熱くなった。

『南部手打ちそば総本舗 切田屋』
【住所】秋田県鹿角市花輪字下花輪168
【電話番号】0186-23-2083
【営業時間】11:00~14:00(夕方の営業は電話で要確認)
【定休日】月曜(祝日の場合は電話で要確認)
【お料理】比内地鶏せいろ1450円
【公式HP】http://www.h-card.jp/shop/kiritaya/

➡松館しぼり大根を使った料理は「【レシピ付き】東京・神楽坂『日本料理 一凛』の「松館しぼり大根」を使った3品」で公開中!

畑で葉と根を落とした大根は、収穫ケースに並べ、冷暗所で冬を越す。3月まで出荷できる。
水分がもともと少ないため身質は硬い。「時間が経つと、辛味と甘味が合わさってなんとも言えない味に変わる」と山崎さん。
松館しぼり大根は、袋に一つずつ入れ、GIの認証シールを貼って箱詰めし、写真のような状態で『JAかづの』に出荷する。真っ白になるまで洗うと保存性が低くなるため、大根は出荷時も薄い土色を残している。
納品先からのリクエストで、土を完全に落としたものも一部出荷している。
『切田屋』で大根をすりおろす作業を見せていただいた。音からもその硬さがよく分かる。大根の水分でおろし金が湿る様子は見られない。
『切田屋』の天付しぼり大根そば1480円。ペーパーフィルターごと大根おろしを搾って蕎麦つゆと合わせる。「搾って使うからしぼり大根なんですよ」と女将に教えられ、なるほど、と納得。冬限定のメニューだ。

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