産地ルポ これからの和食材

大阪北部の山中で無農薬栽培する、能勢(のせ)原木椎茸

原木栽培の椎茸が、採れたてで手に入るならば──。一度、軽く炙って食べてみていただきたい。コリッとした歯ごたえ、驚くような香り、爆発的な旨みに感動するはずです。大阪北部ならば、能勢に数軒の栽培場があります。日本の棚田100選の一つ、能勢町長谷(ながたに)。その山中を訪れると、井桁(いげた)に組んだほだ木がずらりと並ぶ壮観な風景が。原木椎茸を自然栽培・無農薬で育てる門田隆夫さん一家を取材しました。

文:団田芳子 / 撮影:東谷幸一
門田隆夫さんの栽培場は、山の中に数カ所ある。森の中、シンと冷えた緑の空気の中に、井桁に組まれたほだ木と呼ばれる菌を植え付けた原木が、幾つも並んでいる。
けもの道をくねくね上がった山の中なので、機械を入れることができず、人の手でこの数のほだ木を組む。重労働だ。
「椎茸の原木栽培を始めたのは父の代から」という門田隆夫さん。御年74歳。この道一筋半世紀のベテランだ。

自然栽培の原木椎茸、ただ今最盛期

連載『上野修三の古典』で、上野さんがかつて『天神坂上野』で、食通たちを大いに驚かせ感動させた、朝採れ能勢原木椎茸のレシピをご紹介した。朝、能勢の門田隆夫さんの栽培場で原木からもいだものを、そのまま上野さんに届け、調理してもらった。その椎茸は新種かと思うほど想像を絶する旨さだった。

山の精気を閉じ込めたような馥郁とした香り、コリコリとした歯ごたえ。濃厚な椎茸のコンソメスープを味わっているかのような濃厚な旨み。その余韻の長さは凄まじいばかりで、しばらく口の中が椎茸の風味で満たされたままだった。

近ごろ市場に出回る椎茸の大半は、菌床栽培されたもの。これは、容器におがくずと栄養剤を入れて固めた菌床に、椎茸の種菌を入れて育てるもので、3~6カ月ほどで収穫できる。室内で湿度・温度をコントロールすることで通年収穫でき、大きさも収量も安定している。

対して原木栽培は、クヌギや楢(ナラ)などの原木に直接、種菌を打ち込み、菌が木の養分を吸収しながら成長する。収穫までに1年半~2年半掛かり、形や大きさが均一でないため、流通に乗りにくい。けれど、菌床にはない風味、香り、旨みを持つ。

日本各地で原木椎茸は栽培されている。大阪では、高槻(たかつき)市や河内(かわち)長野市、千早(ちはや)赤阪村、そして府の北端・能勢町産がある。
ハウス栽培は周年出荷されるが、森で育てる原木椎茸の収穫は、10月下旬~4月上旬まで。1・2月は成長が止まるため出荷されないそうだ。



人の手と自然とが作り出す美味

門田家は、この地で60年、原木椎茸を栽培してきた。
「昔はこの辺で椎茸栽培してる家、ようけあったけどね。今はうちとこ入れても3軒ほどやね。こんなしんどい仕事は誰もしませんわ」とは、息子の門田篤志さん。
菌床栽培や外国産の安い椎茸に押されて、20~30軒ほどあった栽培農家は激減しているらしい。

「まぁうちは両親が頑張ってるから」と篤志さん。
ご自宅から、美しい棚田の風景が一望に見渡せる。その棚田の向こうの山に門田家の栽培場がある。

細い山道を車で10分ほど、どんどん登ると、ほだ木が井桁に組まれた栽培場に出た。
ひんやりとした湿気を感じる森の中、椎茸が大小いっぱい生えている。
「もいでみる? この大きいのん、笠の下に指を入れて軸から上へポキンと折ったらええ」と、作業中の隆夫さん。18歳で二代目として仕事を始めて現在74歳。
言われるまま恐る恐る手を伸ばす。ポキン。軽やかな手応えはちょっと気持ちいい。

原木=ほだ木は、地元のクヌギと楢の木。
「毎年6000~7000本更新します。立木で購入して自分で伐採して。3月に菌を植えて、山にふせこんで(井桁に組んで)1年半ほどで発生してきますわ」。

一度植菌すると植え直したりせず、「しまいには原木のどっからでも発生して」、5年ほどで廃木になるという。「薬品など何も使わないです。自然のまんま。秋に温度がポンと下がると発生し出して、11~12月が一番よく採れます。1~2月は寒くて採れないわ」。

気温が-5℃まで下がると、原木椎茸は冷凍状態になり成長は止まる。温かくなるとまた大きくなるという。「日にちを掛けてゆっくり大きくなったのは美味しいわ。色は悪くなるけどコリコリしてアワビみたい。急に大きくなると味は薄いね」。

椎茸の成長は、森の中の温度次第。それに、鹿やアライグマが食べに来る。夏はナメクジとも闘う。確かに大変な仕事だ。

最盛期には、1時間ちょっとで150㎏を親子3人で収穫する。
「菌床のんは形がよいけど、原木栽培のは木の皮破って出るから形が悪い。せやけんど味はいいよ」と、この道50年以上の隆夫さんは静かに、でも誇らしげに話す。

森の生命力に触発されて新たな料理を

「朝採れの椎茸は、森の精気を吸い込んで、濃密な風味。ただただちょっと炙るだけで、『こんな美味しい椎茸、食べたことない!』って誰もが大喜びしてくれる。採りたてはほんまにええ香(かざ)です」と、上野修三さんが激賞する自然栽培の原木椎茸だ。

この日は、上野さんの長男で、『法善寺横丁 㐂川(きがわ)』店主の上野 修さんと、息子の翔平さんが、門田家の原木椎茸の栽培場を訪ねた。「採ってみる?」と隆夫さんに言われ、嬉々としてほだ木の横にしゃがみ込み、もいでは匂いを嗅いでみたり。

たんまり購入して持ち帰り、その夜の『㐂川』では、猪肉のお椀に、原木椎茸を軽く炙って加えていた。猪肉にも負けないほどの野趣ある風味で、生っぽさを残したシャクッとした歯触りも印象的。大阪の街中で、こんな力強い椎茸が味わえるとは!と多くのゲストを喜ばせていた。

大阪以外でも、原木椎茸を育てる農家は全国にある。お店からさほど離れていない、たとえば車で1時間ほどの距離に栽培農家があるならば、ぜひ一度採れたてを入手して、調理してみてほしい。生命力が漲った椎茸の香りや食感に驚くはず。
その野趣はきっと、今までとは違う椎茸の一品を発想させてくれるに違いない。

「昔は500円玉くらいになると、保温のために一つ一つにビニールを被せてた。でも、温暖化で、そんなことしなくてよくなったわ」と隆夫さん。
あちこちから顔を出す椎茸。古いほだ木から発生したものより、新しいほだ木のものの方が肉厚になるのだそう。
左から上野 修さん、翔平さん親子。門田隆夫さんの奥様の生巳(いくみ)さんと息子の篤志さん。「少量やけどナメコもうちで育ててます」と聞いて、修さんは即、購入を決めた。
真剣な表情で香りを嗅いで、「炙りたてをそのままお客様にお出ししたいですね。こんな丁寧に育ててはるんやから、軸まできっちり使い切ります」と修さん。
門田家の原木椎茸は、道の駅「能勢(くりの郷)」で随時販売。『四季彩菜みき』(【住所】大阪市北区与力町7−9グロリア与力1F 【電話番号】06-4800-2066 https://shikisaisai.com/でも注文可能。

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