メイラード反応を知る
ジュジュ~ッと焼ける肉の香ばしさや焼き魚の美味しそうな色、コーヒーの複雑な香り。研究者や料理人でなくとも、それらに「メイラード反応」、またの名を「アミノカルボニル反応」という化学の力が作用していることが知られてきました。一般的に“美味しそう”なイメージがありますが、人間にとって好ましくない風味が発生したり、実は、生体内でも起こっていたり。今回は、メイラード反応の基本から調理の際に注意すべきことなど、関連するさまざまなことをお伝えします。
釜阪 寛(ひろし)さん:1964年生まれ。神戸大学農学部卒業後、1989年江崎グリコ株式会社入社。菓子開発研究室の焼き菓子チームに3年在籍した後、生物科学研究所で食品の新しい素材・技術開発を行う。健康科学研究所に名称変更した後、カルシウム、主に「お口の健康」の研究に携わる。2022年4月より甲子園大学 栄養学部 食創造学科教授に。同大学の学長である伏木 亨氏と共に食品の嗜好性の研究を行う。農学博士。
メイラード反応とは
肉の焼き色、お菓子やパン、コーヒーなど。普段、食べたり飲んだりしている香ばしいものの中に「メイラード反応」が寄与していることは、ご存知の方も多いかと思います。
科学的に説明すると、
「アミノ酸」と「糖」を合わせて加熱することで、「風味成分」と「メラノイジン(褐色成分)」が生成する反応。
科学者のLouis Camille Maillardさん、英語読みするとメイラードさんが1900年代前半に発見し、以来、研究は重ねられているのですが、複雑ですべては解明されていない状態。現在では病気や老化にも関係している反応であることも分かってきて、医学、薬学、農学など、多彩な分野に研究範囲が広がっている、ホットな研究領域なんですね。
食品の褐変の種類
そもそも褐変とは、調理・加工時に食品が褐色する現象のこと。酵素によるものと、酵素が関係しないものに分けられます。メイラード反応は、非酵素的褐変です。
<酵素的褐変>
- ポリフェノールによる褐変
⇒果物や野菜などが空気に触れ、褐変する現象。カテキンやクロロゲン酸に含まれるフェノール性化合物がポリフェノールオキシダーゼと呼ばれる酸化酵素によって酸化されることで起きます(ビタミンCによって酸化を防ぐことができるため、レモンやグレープフルーツ、パイナップル、オレンジなどの果汁に浸すと褐変を防ぐことができる)。紅茶の製造にも利用されます。 - チロシンによる褐変
⇒ジャガイモなどに含まれるチロシンが空気に触れると、チロシナーゼという酵素の働きでメラニン色素を生成します(ジャガイモには上記クロロゲン酸も含まれる)。
<非酵素的褐変>
- メイラード反応
⇒食品の火入れ時や、味噌・醤油など調味料の熟成時、カツオ節のように酸化や発酵など、さまざまな要因が重なり合って起こります。炊飯米の保存による黄変、長期保存した醤油の黒変、煮干しの褐変など、人間にとって好ましくない反応も含まれます。 - カラメル化反応
⇒糖を加熱することで起こる褐変反応。甘い香りや苦み成分を生成します。プリンのカラメルが代表的ですが、クッキーやパンなど、カラメル化とメイラード反応の両方が起こっているものもあります。
コーヒーも濃い茶色をしていますが、この褐変にはメイラード反応とカラメル化反応、さらに酵素的褐変のクロロゲン酸類が関わっています。
もともと、コーヒーの豆は薄い緑色をしています。それが高温の焙煎により茶色くなるわけですが、豆にはたんぱく質・炭水化物・糖類・脂質・クロロゲン酸・ミネラルなどが含まれています。たんぱく質のメイラード反応、糖類のカラメル化反応、クロロゲン酸(ポリフェノール)による褐変が起こっているのです。
アミノ酸×ブドウ糖のメイラード反応で生じる風味成分
1960年とずいぶん前の資料ですが、さまざまなアミノ酸とブドウ糖でメイラード反応を起こした際に生じた香りをまとめたものがあります。食品には多種のアミノ酸が含まれるため単体の香りを感じ取ることは現実にはありませんが、こうして見てみると面白いですね。
また、加熱温度によって感じる香りが変わること、人間にとって好ましくない臭いが生じることも分かるかと思います。
アミノ酸の種類 | 加熱温度 | |
---|---|---|
100℃ | 180℃ | |
バリン | ライ麦パンのような香り | 刺激的なチョコレートの香り |
ロイシン | 甘いチョコレートの香り | チーズを焼いた臭い |
イソロイシン | カビ臭 | チーズを焼いた臭い |
メチオニン | ジャガイモの香り | ジャガイモの香り |
フェニルアラニン | スミレの花の香り | スミレ、ライラックの花の香り |
プロリン | タンパク質の焦げた香り | 快いパンの香り |
スレオニン | チョコレートの香り | 焦げ臭 |
グルタミン | チョコレートの香り | バタースコッチの香り |
アスパラギン酸 | ロックキャンディの香り | キャラメルの香り |
リジン | ー | パンのような香り |
アルギニン | ポップコーンの香り | 焦げた砂糖の香り |
ヒスチジン | ー | コーンブレッドの香り |
出典)W.J.Herz and R.S.Shallenber,Food Res.,25,p.492(1960)を元に作成。
バリンはチーズ、桜エビ、豚肉、大豆製品、ササミなどに含まれる。ロイシンは牛乳や乳製品に多い。共に筋たんぱく質の構成成分としてスポーツ用サプリメントによく配合されている。
メイラード反応が起こりやすい要因
食品が持つ糖の種類や量、水分量、温度など、さまざまな要因によってメイラード反応が起こりやすかったり、起こりにくかったりします。
<温度>
0℃超過であればメイラード反応は起こります。ですが、低温であるほどその速度は遅く、120℃以上の高温の方が反応は促進されます。
<糖の種類>
メイラード反応には糖の還元性が必要です。グルコース(ブドウ糖)やフルクトース(果糖)にはありますが、スクロース(ショ糖)やデンプンにはありません。
糖の分類 | 物質名 | 還元性 |
---|---|---|
単糖類 | グルコース(ブドウ糖) | 有り |
フルクトース(果糖) | 有り | |
ガラクトース | 有り | |
二糖類 | マルト―ス(麦芽糖) | 有り |
スクロース(ショ糖) | 無し | |
ラクトース(乳糖) | 有り | |
セロビオース | 有り | |
多糖類 | デンプン | 無し |
グリコーゲン | 無し | |
セルロース | 無し |
ただ、砂糖の主成分であるショ糖でも、加熱するとブドウ糖とフルクトースに分解され(100℃以上で変化は現れますが、明瞭に分解が進むのは170℃)、酸性下では低温でも分解され易く、メイラード反応が進みます。また、味噌のデンプンに還元性はないですが、菌が発酵・分解してブドウ糖を生成しますので、加熱しなくてもメイラード反応が進みます。
身近な食品ですと、ブドウ糖を含むものにみりん、ハチミツは果糖とブドウ糖、牛乳は乳糖を含みます。
<酸素の有無>
還元性がある糖とのメイラード反応では、室温付近においては酸素がある状態の方が促進されます。120℃以上の加熱をするのであれば、酸素がなくても反応は進行します。
<水素イオン濃度(pH)>
pH3~8の範囲(pH7が中性。7より数値が小さいと酸性、大きいとアルカリ性を示す)では、酸性であるほど反応が遅く、アルカリ性側の数値に近いほど反応は強くなります。酸性は酸っぱいもの、アルカリ性には苦いものが多いです。
レモン汁や酢は酸性なので、食品に加えるとメイラード反応は起こりにくい。ホウレン草やショウガなどはアルカリ性なので、反応は起こりやすいです。ちなみに、一般的に使われている調味料でアルカリ性のものはあまりないと思われます。
<水分量>
水分が多すぎても起こりにくいし、少なすぎても起こりにくいです。約10~15%の水分量(水分活性0.6~0.85)で、最も早く進行します。
<加熱道具の材質>
鉄イオンや銅イオンはメイラード反応を促進するので、鉄鍋や銅鍋を使って加熱すると促進されます。
メイラード反応で生成される「アクリルアミド」
まだ解明されていない部分も多いのですが、炭水化物を多く含むイモや穀物などを高温で焼く・揚げることで、発がん性物質「アクリルアミド」が生成されることが研究で分かりました(2002年4月スウェーデン政府が発表。ストックホルム大学との共同研究)。
アクリルアミドは、「アスパラギン」というアミノ酸と食品に含まれる糖質が低水分下・120℃以上で加熱され、メイラード反応が起こることにより生成することが分かってます。トーストの少し焦げた香り、フライドポテトの香ばしさなど、多くの人が好ましく感じる風味のものに含まれます。
特に、近年流行りの熟成ジャガイモを使った炒め物や揚げ物などで生成されやすいと言われています。水さらしなどで糖やアスパラギンを洗い流すことで生成しにくくなるとは言われていますが、それでは元も子もないですよね(水さらしして味に問題がなければした方がいいです)。この場合は煮る・蒸す・茹でるなど120℃以下で加熱できる調理を行なった方が好ましいです。
日本人が摂取しているアクリルアミド量の平均値はさほど高くないと言われています。明らかに焦げた食材は食べない、また、前回お伝えした「フィトケミカル」を多く含む食材を摂取することで、病気のリスクは低減すると考えられています。
体内でもメイラード反応は起こる
メイラード反応は、アミノ酸と糖が加熱(0℃超過)されることによって起こるとお伝えしました。
体内にはアミノ酸も糖もありますね。体温は約36~37℃、ゆっくりとメイラード反応が進んでいるんです。この生体内で起こるメイラード反応は「糖化反応」と呼ばれています。
赤液中にはヘモグロビン(アミノ酸)と糖(ブドウ糖)が存在し、糖化するとHbA1cという物質が生成され、赤血球の寿命(脊髄でつくられ、脾臓で破壊されるまでの120日程度)が尽きるまで離れません。
このHbA1cの検査値が高い方は、日常的に血糖値が高い状態が続いている方です。AGEsと呼ばれる糖化物が血管内や組織に蓄積し易くなることで、糖尿病性合併症を発症したり、アルツハイマー型認知症や歯周病になるなど、さまざまな病気を引き起こします。
また、皮膚や骨など身体に多く存在する弾力線維コラーゲンが糖化すると、硬く茶色く変性。加齢による見た目の変化にも関係しています。
HbA1cを下げるには、食後や空腹時の血糖値を抑えることが重要。先ほどもお伝えしたキサントフィル類の摂取や、血糖値を緩やかに上昇させる食品を選ぶことが効果的です。
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