和食を科学する料・理・理・科

油による鱧の火入れ

兵庫・甲陽園の『日本料理 子孫(こまご)』店主・藤原研一さんの鱧の火入れは、「皮を感じさせない」ことが信条。前回までは湯引きをテーマにお届けしましたが、今回からは秋鱧らしい加熱法を深掘りします。身と皮の食感のコントラストに興味津々の農学博士・川崎寛也先生と、一体感を大事にする藤原さんが、意外な火入れにも挑戦。後半は、油による加熱を実験・検証します。

文:中本由美子 / 撮影:香西ジュン

目次

藤原研一さん(兵庫・甲陽園|『日本料理 子孫』店主)

1967年生まれ、兵庫県出身。高校卒業後、滋賀県八日市の名料亭『招福楼』に修業に入る。料理だけでなく、茶の湯の精神に基づいた“料亭のもてなし”を15年間学び、2002年、35歳で独立。祖父・父が営んでいた料理旅館跡地に数寄屋造りの一軒家を構え、『日本料理 子孫』を開店。緻密かつ真っ当な仕事で、日本の四季を料理に映しつつ、独自性も織り込んだ懐石料理に定評がある。

川崎寛也さん(農学博士)

1975年、兵庫県生まれ。京都大学大学院農学研究科にて伏木 亨教授に師事し、「おいしさの科学」を研究。「味の素㈱」食品研究所エグゼクティブスペシャリストであり、「日本料理アカデミー」理事。「関西食文化研究会」での基調講演でも活躍している。専門は、調理科学、食品科学など。近著に「おいしさをデザインする」「味・香り『こつ』の科学」(柴田書店)。

秋鱧ならではの香ばしい加熱

川崎寛也(以下:川崎)
前回、藤原さんは秋鱧の時季になると、湯引きではなく焼き霜や油を使った加熱をすることが多くなると仰っていましたね。
藤原研一(以下:藤原)
そうですね、秋鱧の表現は夏とは違います。葛叩きにして煮物椀にする場合も、表面をバーナーで軽く炙って、焼き色を付けたり、香ばしさを添えたりします。
川崎:
油はどう使いますか?
藤原:
皮目に塗ってから焼き霜にしたり、片栗粉を付けて揚げたり。フライパンで皮目を焼いて、というのも美味しいと思います。どの調理でも、やっぱり僕は皮を柔らかく仕上げたいと思っています。
川崎:
前回までの実験で分かったことは、塩が皮のコラーゲンのゼラチン化を促進させること、100℃で25秒湯引きすると皮が確実に柔らかくなることです。
油を使うと100℃以上の加熱ができるので、皮はさらに柔らかくなると思いますが、藤原さんは油霜はやりますか?
藤原:
やったことがないんですよ。今回は、油霜だけでなく、フライパン焼きも改めて試してみたいなと思っています。

【実験1】フライパンで皮だけ加熱してみる

川崎:
湯引きは鱧全体に火を通しますが、フライパンを使うと皮だけを加熱してコラーゲンを溶かすことができると思います。身と皮の食感にコントラストを付けることができるかもしれません。
藤原:
身は焼かない、ということですね。
川崎:
そうですね。湯引きとの味の違いを知りたいので、まずは油を使わずに、テフロンのフライパンで皮目を加熱してみましょう。塩の役割は重要なので、皮目に塩水を塗ってから焼いてください。

ryo0048a400gの鱧の皮のぬめりをしっかりと取り除き、骨切りをして1切れ9gに。その皮に藤原さんがいつも使っている水塩(26%前後の飽和食塩水)を塗り、油を敷かずにテフロンのフライパンで焼く。この時のフライパンの表面温度は約160℃だった。

ryo0048b加熱時間は約3分。藤原さんが盛り箸を使って皮の柔らかさを確認し、フライパンから上げた。

藤原:
身はまだ半生ですね。塩を振って試食しますか?
川崎:
いや、このままで食べてみましょう。注目すべきは皮の食感です。
藤原:
焼いている間に鱧自身の脂が出てきました。その脂の風味を感じますね。皮は充分に柔らかいです。
川崎:
そうですね! 皮は柔らかいけれど、身は半生で、食感にコントラストがあって僕は好きです。鱧ならではのいい香りがします。この火入れ、アリじゃないですか? 秋のお造りとして出してもいいと思いますが…。
藤原:
僕はもう少し身の方にも火入れしたいですね。でも、鱧自身の味わいが凝縮されて美味しいと思います。
川崎:
湯引きは身の旨みが少なからず湯に流れ出てしまうのですが、この火入れはそれがない。身の旨みがしっかりと感じられます。
焼くことで香ばしさが少し加わりますが、100℃以下でやるとそれが抑えられると思います。湯引きでもなく、焼いた香ばしさもないのに、皮は柔らかい鱧ができたら面白いですよね。やってみませんか?
この記事は会員限定記事です。

月額990円(税込)で限定記事が読み放題。
今なら初回30日間無料。

残り:1698文字/全文:3146文字
会員登録して全文を読む ログインして全文を読む

フォローして最新情報をチェック!

Instagram Twitter Facebook YouTube

この連載の他の記事和食を科学する料・理・理・科

無料記事

Free Article

おすすめテーマ

PrevNext

#人気のタグ

Page Top
会員限定記事が読み放題!

月額990円(税込)初回30日間無料。
※決済情報のご登録が必要です