産地ルポ これからの和食材

栄養豊富な伊勢湾で育った「答志島トロさわら」

「答志(とうし)のサワラはマグロのトロより美味い」。そう地元漁師たちが讃えてきた答志島のサワラ。2018年10月に「答志島トロさわら」(以下、一部に「トロさわら」と記載)として鳥羽市でブランド化され、素材が持つポテンシャルの高さに注目が集まっています。地元の漁協・自治体・観光協会が手を取り合い、ブランド化に尽力したその経緯や、漁港での水揚げの様子を取材。後半では、ブランド化初年度よりトロさわらに注目し、今も提供し続ける東京・六本木の日本料理店『茶寮 宮坂』料理長・五十嵐庄大朗(しょうたろう)さんにお薦めの調理法を伺いました。

文:横澤寛子 / 撮影:川島英嗣(答志島)、綿貫淳弥(茶寮 宮坂) 
トロさわらが水揚げされる答志島。取材をした和具漁港は、鳥羽駅から徒歩約6分の佐田浜(鳥羽マリンターミナル)より鳥羽市営定期船で約15分。
鳥羽磯部漁協の久保田さんは愛知県名古屋市出身。かつては観賞魚飼料メーカーで働いていたが、転勤が多い業界のため、子どもが小学校に進学するタイミングで鳥羽市に移住し、2017年に漁協職員に。トロさわらの販売がスタートした2018年初年度よりブランド化を担当し、セールスマネージャーを務めている。
サワラは船上活〆されたものが並ぶ。漁業者、漁協職員、仲買人による3重チェックを行ない、ブランド基準を満たしたサワラの尾ビレ付け根部分にブランドタグが取り付けられ、その裏には船名を記載したシールが貼られている。
対象サイズは2.1kg以上、4.0kg以下。量りで計測してブランド基準に該当したサワラは、紙に赤文字で体重が記載される。それ以外のサワラは黒字でサイズが記載され、通常通り出荷される。
脂肪含量測定は、サワラの背側で計測するのもポイントだ。ほかに「可食部に傷のある個体は対象外とする」「痩せ個体は対象外とする」「変形個体は対象外とする」「変色個体は対象外とする」といった基準も設けられている。

脂のりを“見える化”し、サワラを鳥羽の新ブランドに

鳥羽市の本土から北東約2.5kmの沖合に浮かぶ離島・答志島。この島は伊勢湾の海流の出口にあり、熊野灘の黒潮と交じり合う場所に位置するため、さまざまな魚介類が水揚げされる。島で暮らす人の8割は漁業従事者で、代表的な海産物はサワラ、真鯛、シラス、ワカメ、黒海苔などが挙げられる。

「中でもサワラは、昔から漁師さんたちが“マグロのトロより美味い”“秋から冬にかけてが脂ののりがいい” と、好んで食べていたそうです。確かに、秋から冬にかけて答志島で揚がるサワラは、お造りにするとほんのり白濁していてきれいな薄ピンク色。初めて食べた時は、トロけるような身質に驚きました。鳥羽で漁協職員になる前は、サワラといえばお弁当で硬くなっている西京焼きや塩焼きのイメージだったのですが、一気に覆されました」と話すのは、鳥羽磯部漁協の久保田正志さん。

サワラは伊勢湾に回遊するイワシをエサとしているが、このイワシ自体、脂がのっていて実に美味い。伊勢湾の豊富な栄養を含み、サワラの美味しさの所以となっているのだ。

「この格別に美味しい秋から冬のサワラをブランド化しよう!」。
2015年、鳥羽市・鳥羽市観光協会・鳥羽磯部漁協が協力し、一大プロジェクトが開始した。しかし、サワラといえば瀬戸内海のものが有名。漢字で「鰆」と書く通り、関西では春を告げる魚として知られている。また、全国各地、どの土地の漁師も「自分のところの魚が一番美味い」と言うに決まっている。秋から冬にかけて漁獲されるサワラを新ブランドとして売り出し、認知されるだろうか? その美味さを科学的に証明する必要があると考えて、2016年からは三重県水産研究所の協力も得て、サワラの生態を調査し始めた。

データを蓄積し、答志島で漁獲されるサワラの脂の年間推移を見ると、9月頃から増えていくことが判明。全国的に見ても、トップクラスの脂肪含量であることも証明された。漁師たちの「秋から冬が美味い」という言葉が実証されたのだ。

年々レベルアップしたブランド基準

トロさわらを鳥羽市の新ブランドとして売り出すこととなったのは2018年10月のこと。初年度は、脂がのり始める10月上旬に「答志島トロさわら宣言」を行い、宣言後はすべてトロさわらと認定する、いわゆる「宣言方式」がブランド基準だった。

しかし、データを蓄積していく中で、大きく丸々太ったサワラも、いざ計測してみると脂肪含量が少ないこともあった。そのため、全てのサワラの脂肪含量を計測して基準を満たしたものだけをブランドとして出荷する体制を確立した。また、あまりに大き過ぎると筋張っているケースも散見され、サイズ基準も見直した。さらに、このブランド化に地元漁師たちも賛同。「自分の魚に責任を持ちたい」と申し出があり、ブランドタグに船名を明記し、生産者が分かるようにすることになった。

当初は漁協や自治体が始めたプロジェクトだったが、トロさわらに携わるすべての人が美味しさを追求することで、年々ブランド基準がレベルアップ。現在は以下の基準に合致したものだけがトロさわらと認定される。

【ブランド基準】
●対象漁業種類/一本釣りに限る。
●対象サイズ/2.1kg以上4.0kg以下とする。
 ●脂肪含量の基準/脂肪含量測定機「フィッシュアナライザ」で背側の規定部位を計測した脂肪含有率が10%以上の個体を対象とする。
●漁獲日/当日に漁獲した個体のみ対象とする。
●期間/ 9月1日(休市日の場合は翌日)~翌1月末日
脂の乗り具合や漁獲状況により前後する場合あり。
●対象となる水揚げ市場/答志島(和具浦支所・答志支所・桃取町支所)、菅島(菅島支所)の各市場に水揚げされたもの。
●締め方、保存方法
(1)船上活〆とする。
(2)締め方・保冷方法については「ブランド指定 漁業者マニュアル」に沿った処置を行なう。

などなど、ほかにも様々なブランド基準が設けられている。ここまで厳格化したことで品質が安定し、取り扱い業者からの信頼も厚い。しかし、それにあぐらをかくことなく、三重県水産研究所の職員が月2回ほど漁港を訪れ、データの蓄積は続けているという。




「自分の魚に責任を持ちたい」地元漁師たちの心意気

「ブランド化の話が来た時、ラッキーと思ったよ。答志のサワラは本当に美味しいと思っているし。漁師からお願いしてないのに漁協や観光協会らが協力してくれてありがたいです」。
そう語るのは和具漁港の漁師・井村俊之さん。ブランド化初年度より賛同し、トロさわらの美味しさを最大限に生かす努力をしてきた漁師の一人だ。

答志島近海では曳き釣り漁という釣糸を海に流して船を走らせながら獲る漁法、いわゆるトローリングでサワラを漁獲する。刺し網などで獲ったサワラとは違い、一本一本丁寧に釣り上げたサワラは傷も少なく、身の状態が良いのだが、漁師たちはさらに工夫を凝らした。

まず、針に引っかかった後の引き上げ作業に網を導入。網を使用することは千葉県の漁師を訪ねて習った。そこにさらにひと工夫。サワラの体に編み目の跡が付かないよう、網の上にビニールシートを敷き、サワラをキャッチするためのポケットを付けた道具を作った。この道具は、漁師たちの公募から「サワラーズ」と命名。サワラーズを使うと、サワラは不思議とおとなしくなり、するすると滑るように引き上げられるというのも面白い。
引き上げたら甲板に放り投げることなく即、脳天〆にして血抜き処理を施す。さらにトロ箱に入れる際は氷水で保管。氷を直接当てると、体の一部に傷みが現れるためだ。これらは漁師たちで話し合い、しっかりとマニュアル化しているという。

トロさわらの入札は、14時30分頃から一発入札方式で売買が行なわれるので、その足で島外に運び、翌朝には東京・豊洲市場に並ぶ。県外でも数日間は生食できることが最大のセールスポイントだ。

ブランド化され、トロさわらの価値は上がった。県外での取り扱いも増えて喜ばしい状態だが、漁師の井村さんには懸念事項がある。
「この2年程は資源が少なくなっとると感じています。気候変動も原因の一つかもしれんけど、4~5月に卵がパンパンに詰まったサワラを大量に獲る人もいるし、この辺で漁師のモラルを問う必要があるのかもしれません」。

現在は資源保護と休養を兼ね、トロさわらの漁は火・土曜の2日間を休漁にしている。井村さんは、今後の資源を考え、取り組んでいけることはまだまだあると考えている。

脂の旨みは品がよく、身質はしっとり

トロさわらの販売初年度より、品書きに載せている東京・六本木の日本料理店『茶寮 宮坂』。料理長・五十嵐庄大朗さんが答志島の鮮魚と出合ったのは、鳥羽産「一撃必殺〆スズキ」を知り、その斬新なネーミングに興味を持ったことから。

「話を聞いたら、素潜りで追っかけて仕留めるとのことで、すごいな、と。取り寄せて食べてみたら、スズキの香りはあるけれど雑味はなく、上質だと思った。同じところがやっているなら、トロさわらもきっといいだろうと、取り寄せました。すると処理が良く、血抜きが充分にされていて、脂の旨みが力強い。熟成させるのに向きます。1週間は持ちますね」と五十嵐さん。

特に状態が良いのは3日目くらいだそうで、調理法としては焼きがお薦めだという。

「脂が美味しいので、冷たいまま提供してはもったいない。焼くか、燻すかして、“脂を躍らせて”あげる。冷たいバターは美味しそうでないけど、ジャガバターは美味しそうでしょ」。

そんな独自の見解で、素材の魅力を引き出す五十嵐さんに熟成3日目のトロさわらで料理を作っていただいた。

一品目は上品な脂を堪能できる「答志島トロさわらの藁燻し」。やや厚切りにして、存在感のあるお造りにした。ポイントは、サワラは皮目に軽く塩をして脱水シートを当てて2日くらい置き、水分を適度に抜くこと。これを、稲藁を燃やした煙で燻すが、この時、稲藁を軽く濡らし、煙に水蒸気を含ませると、しっとりした煙になる。この煙で皮目を主に燻し、身はごくごく軽く香り付けする程度に留める。皮目を温めて脂を溶かすことと、軽い燻製香をつけるのが目的だ。

もう一品は、想像以上にジューシーな焼き上がりが堪能できる「答志島トロさわらの炭火焼」。トロさわらは脂の層が厚いので、塩を振るだけでは中まで浸透しない。そこで、たて塩に浸けてから炭火焼にしているのだそう。淡い醤油ダレをかけ、答志島の新海苔の佃煮を添えて。薄くスライスして一塩し、汗をかいてきたところをさっと焼いた松茸を添えた。

品の良い脂の旨み、しっとりとした身質を存分に引き出したトロさわら料理。シーズン中の仕入れがあった日はコースに登場し、常連にもそのブランド名が定着しつつあるようだ。

『茶寮 宮坂』
【住所】東京都港区六本木6-12-2 六本木ヒルズ レジデンスB棟3F
【電話番号】03-6447-1160
【営業時間】11:30~13:00LO、18:00~20:00LO
【定休日】水曜
【お料理】昼膳 鯛茶漬け5500円、おまかせコース18000円。
【Facebook】https://www.facebook.com/saryomiyasaka

漁師の井村さん夫妻。サワラ漁のほか、2~4月はワカメ養殖、10月はトラフグ漁も行なっている。妻の文子(あやこ)さんは漁港での計測やエサの仕込みなどを担当。
サワラの漁から和具漁港に続々と帰って来る漁船。漁期は早朝4時から出航し、昼12時30分頃~14時に帰港する。
サワラに傷を付けず引き上げられるよう、地元漁師たちが考えた「サワラーズ」。その名の通り、サワラに“触らず”引き上げることができる道具として重宝している。
井村さんの漁船「俊豊丸」ではこの日、特大のトロさわらが揚がった。
仲買人たちがもくもくとサワラを入札していき、その日中に運搬される。
ブランドが確立された今も、月2回ほど三重県水産研究所の職員が訪れ、トロさわらの体長や脂肪含量を計測。ウロコを取り、年齢の推測も行なっている。
『茶寮 宮坂』では水蒸気を含ませた煙で皮目を主に燻す。ほどよく燻製香が付き、脂の旨みがふくらむ。
「答志島トロさわらの藁燻し」。添えているのは、昆布醤油(だしをとった後の昆布を酒で炊き、とろとろになったものをミキサーにかけ、醤油と合わせたもの)。脂ののっている魚(マグロや戻りガツオ、ブリ)などに向く。もう一つは、塩ダレ。カボスの搾り汁と塩を合わせて。いずれのタレも、上品で濃厚なトロさわらの脂の旨みを際立てる。
「答志島トロさわらの炭火焼」。ジューシーに焼き上げたトロさわらと、香り高い松茸が好相性。
料理長の五十嵐さん。36歳。福島の郡山出身で、実家は料理屋。富山の『日本料理 山崎』、京都『未在』などで修業後、東京の『御料理 宮坂』に入店。2017年に『茶寮 宮坂』オープン時から料理長を務めている。

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